第八部 決戦

第34話 魔王城の隠し通路


 新月の夜、満月の夜というものは良くも悪くも魔力に多大な影響を与えるものだ。


 今宵は満月。聖なる月の力が満ちて、魔王の封印にはもってこいの夜。


「忘れ物は無いな?」


「多分ね」


「頼りないな」


「兄貴が頼れるからな」


 ボソボソと話す兄弟に、少女は声をかけた。


「ねえねえ、ほんとに忍びこむの?」


 兄弟二人は同時に振り返って、後をついて来る少女を見た。


 その昔憧れた女性の血縁——どこかその面影を残した少女を、こんな大事おおごとに巻き込んで良いものか、今更になって不安になる。


「私、お城なんて初めて! 昼間に来たかったなぁ」


「今の王城は昼間でも薄暗いから、たいして見る価値なんてないぞ」


「いいじゃん! 街も、もっとゆっくり見てまわりたかったのに……」


 モリーの愚痴にフルヴラは鼻で笑って返した。


「はっ、市街だってそんなもんさ。薄暗くて、霧が立ち込めて、住民は青白い顔して——」


「……」


 流石にモリーもシラけて黙り込んだ。黙って二人の後をついて行く。


 静かになったモリーから目をらすと、フルヴラは少しだけ自分の思考に潜り込む。


 ちょうど、ひと月前か——。


 今と同じようにこの瀟洒しょうしゃな階段を登っていた。蔵書室に通じる通用口だと騙されたものだったが、こうなってみると謁見の間への直通通路は奴らの裏をかくのに都合が良い。


 フルヴラはよく磨かれた黒檀こくたんの手すりを懐かしげに撫でた。


 騙された事と——子どもの姿にされた事と——随分と酷い目に遭わされたものだ。あの美しい魔王を封じるには   


 家の使命というよりもよほど理由になる。


「仕返し——というのは幼稚な文言もんごんだな」


 登りきって突き当たった所に扉があった。今度は息一つ乱さずにここまで来た。それからあの時と同じく、小窓から差し込む月明かりに浮かぶった装飾の扉を見つめる。


 ジャロックはモリーに支えられて少し遅れてやって来たが、無言で目の前の扉を見つめている兄の背を見て、少しだけうれいた。


 ——無茶をしなければいいのだが。


 ジャロックの息が整うのを待って、フルヴラは取手に手をかけた。




つづく




◆蔵書室への隠し通路


 約ひと月前、フルヴラは酒場の店主から魔王城の蔵書室へ通じる隠し通路と教えられてここを通り、謁見の間にでた。


 おそらくは王族が城外へ抜け出るための隠し通路。その作りは壁の装飾、小窓の縁飾りまで丁寧に造られている。


 今回は魔王を急襲する為に忍び込んだ。

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