第30話 魔力の譲渡


「ちょっと待て、お前何言ってんの⁈」


 エルの言葉にフリギットは自分の事を棚に上げて止めに入る。今度こそアナベルをエルから取り返すと、その華奢きゃしゃな手をしっかりと自分の手で包み込む。


「俺の方が先だよね?」


「な、なに言ってんのよ!」


 真っ赤になりながらアナベルが声を上げると、いつの間にか立ち上がってそばに来ていたエルがサッとアナベルを奪い返す。


「お前は関係ない。我とこの者のあいだの話だ」


「ちょっと待ってってば! 私だって選ぶ権利があるでしょ!」


 エルは抗議するアナベルを不思議そうな顔で見下ろした後、さもありなんと頷いた。


「わかっている。其方そなたにこの男は相応ふさわしくない。魔王という立場の其方には我こそが相応しかろう」


「お前こそ何言ってんの? 後から来て図々ずうずうしいな」


 フリギットは元魔王の胸を指差しながら挑発する。二人のやり取りにアナベルは割り込んだ。自分が意思表示をしなくては収まらないとみたのだ。


「違うの、そうじゃなくて——。ええと、私はそういう事はまだ……」


 頬を染めてもじもじと恥じらう女魔王を見て、エルはようやく理解し、掴んでいたアナベルの肩を離した。


「ふむ、これは我が浅慮せんりょであった。……では少し時間がかかる方法だが、その手を我の手に」


「え? こうかしら」


 アナベルが手を差し出すと、再びヒヤリとした無骨な手が彼女のそれを下から受け取る。エルの手に自分の手を乗せたアナベルは、その手が淡いエメラルド色の光を放つのを見て目をしばたいた。


「其方の魔力を、我が吸い取っている」


「こうやって魔力を減らすのね」


 肌を触れ合わす事で魔力を譲渡出来るらしい。触れている間は、冷たい彼の手も温かみが増した気がした。



 数時間後——。



「…………」


「ねえ、エル?」


「…………」


「全然変化が無いんだけど?」


 いつまで経っても何の変化も訪れず、アナベルは痺れを切らしてエルに声をかけた。そのエルは流石さすがに焦った様に額に汗を浮かべて眉をひそめている。


「……こんなはずでは……何故なぜ人間の其方が。こんなにも魔力があるのだ?」


「はい、失敗って事だね〜」


 フリギットが意気揚々とアナベルの手をエルからもぎ取った。


「何をする!」


「失敗は失敗だろう? ああ、アナベル、こんなに手が冷えちゃって」


 フリギットの暖かい手に両手を包まれて、アナベルは頬を染めた。


「だっ、大丈夫だから」


 彼女は手を引っ込めると、照れ隠しにエルを問いただす。


「どうなってるの?」


「おかしい。我がここまで魔力を受け取っているにも関わらず、其方の魔力が減らぬとは」


 エルは目を細めた。


 その瞳でアナベルを見つめると、アナベルの魔力の源を探る。


「おい、何見てやがる」


 フリギットはアナベルの前に立ちはだかるが、そんな事はお構いなしに、魔族の瞳は目的の物を見つけた。


「なるほど……『魔力炉ウイスキー・フラワー』、か」






「確かに、私は小さな小瓶を開けたわ。ガラス瓶をのぞいたら、中には琥珀色の液体とそれに挿したように白い花が入ってたの」


「ふむ、間違い無いな」


 エルはアナベルが以前にグランシエラの司祭から贈られた品が、魔界に咲く花を使った『ウイスキー・フラワー』である事を見抜いた。


 封じ込められていた蓋を開けた為、その効能がアナベルに付与されたのだ。


 人の魂そのものに根付いた魔界の花は、琥珀色の液体を媒介に魂の中に『魔力炉』を作り出す。これによって、アナベルは無限の魔力を手に入れたのだ。


「くっ、我ですら手にしたことがない秘宝を……どのようなえにしか其方が手に入れるとは!」


 エルは心底口惜しそうな顔をした。『魔力炉』さえあれば、エルの魔王の地位も揺らぎはしなかっただろう。


 そこでハッと気がついた女魔王が顔を上げる。


「ちょっと待って。それじゃあ、私の魔力を減らす方法は無いってこと?」


 アナベルが絶望的な悲鳴を上げた。





 ◆アナベルが魔王の職を降りるには魔力を減らして資格を失わなければならない。しかし『魔力炉』により、エルよりも膨大な魔力を持つ為、それは叶わないようだ。

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