第29話 魔王のお茶会


「どうぞ。人間のお茶が、貴方あなたの口に合うと良いんだけど」


 謁見の間にお茶会用のテーブルと椅子を運ばせ、双子の用意したティーセットで紅茶を手ずから淹れながら、アナベルは言葉を継いだ。


 目の前にいるのは元魔王エル・ケーニッヒと名乗った。双子の魔族が言うにも本物であるらしい。


 頭の捻れた角さえ無ければ、人と変わらないように見える。見目よく、威厳があり、夜を具現化したような彼は、強者の優雅さでカップを手にした。ベルガモットの香りを少し楽しむ仕草しぐさをしてから、口元にそれを運ぶ。


「……ほう、悪くない」


「そう、良かった」


 ほっと息を吐くアナベルの横で、フリギットが不機嫌そうな顔をしていた。こちらも目の前にティーカップがあり、香り立つ紅茶が注がれていたが、手にせず目の前の元魔王を注視しているのだ。


「警戒、警戒」

「フリギット、警戒中」


 双子が足元でふざけるのを、フリギットは軽く脚で蹴った。双子はきゃっきゃっと笑いながら転がって行き、姿を隠してしまった。


「それで、一体何の用だってんだ? 魔王様」


 フリギットは挑発する様に切り出したが、元魔王・エルの方は彼に目もくれずアナベルを眺めている。見つめられている事に気が付いて、アナベルは頬を染めた。


 フリギットはそれを見逃さない。


「あっ、君はちょっと良い男に見つめられるとすぐこれだ——」


「うるさいわね。フリー、ちょっと黙ってて」


 アナベルはフリギットの頭を片手で押しのけると、エルと正面から向き合う。彼女を見つめる、宵闇色の瞳に三日月なような細い瞳孔が魔族である事を示していた。


「どんな御用でいらしたの?」


「なに、簡単な事だ。貴女あなたと取引がしたい」





「取引?」


「そうだ」


「何が欲しいの?」


 アナベルの問いに、エルは端正な顔を屈辱に歪めた。


「……われが望むは王の地位のみ! 『魔王』の称号を我の物に!」


 苦しそうに言葉を吐くエルに、アナベルは一瞬目を丸くしたが、次ににっこりと笑った。


「奇遇ね。私もそうしたいの」


「おお、誠か? ではどうすれば?」


「それを知りたいのよ!」


 アナベルはテーブルを細い手でドンと叩いた。フリギットとエルが魔力の余波でぴょんと浮き上がる。


「っとと。アナベル落ち着きなよ。元魔王様も元に戻る方法は知らないようだぜ」


 フリギットはニヤニヤ笑いながら、彼女の髪を撫でた。アナベルは肩から力抜く。


 ——フリーに頭を撫でられると落ち着く……。


 ふう、とため息をついてアナベルは困った顔をする。それを見たエルはスッと手を伸ばして彼女の手を取った。


 どきん!


 思ったよりも力強い手だ。


 暖かくはないが、幾度となく死線を超えて来た無骨な手に、きゅっと握られて、アナベルは再び頬を染める。


「あっ、お前勝手に触るな!」


 フリギットがエルの手を振り払おうとすると、ビリッと電流が走った。青い小さな稲妻がテーブルの上を走る。


「イタタ……」


 エルは軽くフリギットを睨むと、再びアナベルを見つめた。


「聞け、人の魔王よ。お主が『魔王』になったのは、お主の才覚と魔力が釣り合ったからだ。目覚めてしまった才能は戻す事が叶わぬが、魔力を減らす事は出来ようぞ」


「本当? 魔力を減らせば、いいの? でもどうやって……」


 エルは至極真面目な顔をして答えた。


「我と臥所ふしどを共にせよ」




 つづく




 ◆アールグレイティー

 ベルガモットで香りをつけた紅茶。アナベルがお茶を知ったのは最近の事。もちろんお茶会に並ぶケーキやスコーンも大好きになった。

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