第28話 肩書きというもの


 双子ふたごが、アナベルと彼女に色目を使うフリギットから逃げて来たのはお気に入りの謁見の間である。


 天井まで届く大きな窓からは、今日は靄にかかって白く見える太陽が見えた。


 そう、ここはフルヴラが『時』を奪われた場所である。


 もちろんその時の痕跡など跡形もなく、アナベルとフリギットそして双子の四人が思い思いに過ごす場所となっていた。


 双子は大窓の前に据えられた寝椅子にちょこんと腰掛けると、上着のポケットから取り出した『魂魄の石』——蝶の閉じ込められた宝石を嬉しそうに淡い光にかざして、ひとしきり楽しんだ。


「うふ。久しぶり」

「久しぶり」


 ニマッと笑うと、二人は同時に「あーん」と口を開けて、それを放り込んだ。


「うふふっ! この味良いね!」

「うふふっ! 悲しい恋の味!」


 どうやら悲しい恋の末に囚われた魂を味わっているようだ。


 きゃっきゃと寝椅子の上で転がって楽しんでいると、突然、ヒヤッとした冷気が流れ込んできた。


 ビクッと飛び起きると、双子は謁見の間の入り口に目をやる。いつの間にか背の高い一人の若い男性がそこに立っていた。


 薄暗い広間の端は影の中に沈んでいる。だから双子にはそれが誰かはわからなかった。


 コツ、コツ、コツ。


 滑らかな大理石の床に、冷たい足音が響く。サラサラと衣擦れの音も混じり、その人物が豪奢な長衣を纏っているのがわかった。


 薄暗い入り口から広間の真ん中に現れたその人物は、夜色の衣に金の刺繍を施した裾の長い上衣に、中には漆黒の闇色の服を纏い、あちこちに煌めく宝飾品が揺れている。


 そして——。


 白い端正な顔立ちに宵闇の色の瞳。長い黒髪は青みを帯びて魔界の大河を思わせるほど豊かに流れている。そしてその黒髪に映えるねじれた白金色の角——。


 背の高い彼は一種彫刻かと見紛うほど美しく、そして禍々まがまがしい雰囲気を放っていた。


 双子が悲鳴を上げる。


「まっ、魔王様⁈」

「まっ、魔王様⁈」


『魔王様』と呼ばれた男は大窓から差し込む薄い陽の光に目を細めた。そして精悍な声で自嘲気味に笑った。


「元、魔王だがな」





「ちょっと! いつまでついて来るのよ!」


 凍り付くような広間に、場違いに明るい声が飛び込んできた。


 アナベルとフリギットだ。


 さすがの二人も、一歩足を踏み入れ、いつもの広間では無いと感じた。


 目の前に初めて会う男がいる。


 しかもねじれたつの付きの。


「え……?」


 男の端正にして精悍さの残る美貌に、アナベルは目を奪われながらも驚きの表情を隠せない。自分の中の魔力が男の『能力』を自然と推し測ってしまうのだ。


 その直感が知らせるのは『自分と同程度の魔力』をこの男が持っていると言う事だった。


「お初にお目にかかる。新しき魔王よ。我が名はエル・ケーニッヒ。……元魔王と名乗った方がわかりやすいだろうか?」




 つづく




 ◆元魔王


 アナベルが突然『魔王』になった為、失職した魔族。もちろん魔力も魔界での家柄も申し分ないが、魔王としての才能においてアナベルが上回った為に『魔王』のジョブが彼女の方についてしまった。

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