第六部 魔王様の憂鬱

第27話 魂魄の石


 魔都グランシエラの魔王城では、新参者のフリギットが物珍ものめずらしそうにウロウロと歩き回っていた。


 もともと彼は珍しい魔法道具などを集める為に盗賊稼業をしていたから、城にある魔法道具ものに興味が尽きない。


「お前、魔法に興味ある?」

「ある?」


 新顔が珍しいのか、双子がフリギットについて歩き回る。彼は子どもにつきまとわれるのは嫌では無い。


「まあな。俺も少しは魔力MPがあるから、魔道具を動かすのは面白いと思ってるよ」


「詳しいか?」

「詳しい?」


 双子の質問に、彼は苦笑いした。


「おいおい、俺は盗賊だぜ? おたからならなんでも良いんだ。たまたま魔道具を手に入れたら、うちに置いてたってだけだ」


「でも、良い物あった」

「あった。持って来た」


 双子はニマッと笑って尖った歯を見せた。それからお揃いの上着のポケットから小さな石を取り出した。


「勝手に持ってくんな。……それか。宝石の中に小さな蝶が入ってるやつな」


 それは本当に小さな雫型の石であった。その石の中に、綺麗な蝶が閉じ込められている。


「この石、魔力で出来ている」

「食べたら美味おいしい」


「飴玉かよ」


 二人は石を摘み上げて光にかざす。石は煌めいて青と黄色の光を放った。


「中の蝶はなんだ? 本物じゃあないだろ?」


 盗賊の質問に、双子は再びニマッと笑う。歯を見せなければ、まだ可愛げがあるのに、とフリギットは顎をかいた。


「これ、誰かの魂」

「魔法で閉じ込められた」


「げっ⁈ そんなもん喰うなよ。道理で人の気配がすると思った」


 しかも売れなかった品だ。そのまま盗賊の塔の一階に置きっぱなしにしていたのだが、夜中にたびたび人の気配が感じられていた。


「よせよせ、そんなもん食ったら、腹を壊すぞ」


「何を食べるって?」


 しとやかな耳触りの良い声。


 魔王・アナベルである。今日は深緑の、流れるようなドレスを見にまとっている。手には歪んで使い物にならない『盗っ人の円月輪』を持っていた。


「まだ、それを気にしているのかい?」


 フリギットの声色が変わる。女性向きの甘い声だ。それを耳にすると、双子は「げっ」と何かを吐き出す真似をする。嫌悪の表現か、それとも揶揄やゆしているのか。どちらにせよ魔王に接するフリギットの態度を、双子は好いてはいない。


 見てられない、とばかりに何処かへ行ってしまった。


「ねえ、おやつの話なの?」


 アナベルは先程の件を蒸し返した。


「魔族の、ね。人の魂を食べるってさ」


 フリギットに教えられ、アナベルは眉をひそめて「嫌ねえ」と頭を振った。


「それより、フリー。これ直せないかしら?」


「双子に聞いたんだけど、その『円月輪』は魔界由来のものだそうだ。修理するには魔族の鍛冶屋か、魔法使いの鍛冶屋ぐらいだろうってさ」


 魔法使いと鍛冶屋なんて真逆の商売だろうに、なんて無茶な言い草であろう。人間界には直せる者が居ないという事だ。


 アナベルはため息をついた。やはり無理なのか。


「なんだってそんなにこだわるんだい?君ほどの魔力があればなんだって手に入るだろうに」


 フリギットはアナベルの長い髪を一房指に巻き取り、唇で触れた。


「やめてよ」


 アナベルは身をよじってフリギットの抱擁から逃れる。


 ——どうせ魅了チャームが効いているに違いない。全く厄介な能力がついたものだ。


 するとフリギットはアナベルの心の声を見透かしたように笑った。


「俺は魅了チャームは効かないよ」


「え?」


 驚いてアナベルは振り返る。フリギットはいつもの陽気な笑顔でニヤニヤしていた。


「嘘でしょ?」


「本当さ。俺の気を引きたくて、魅了チャーム魔道具アイテムを身に付けたり、呪文をかけて来た女性は沢山たくさんいたんだけど」


 沢山いたのかい。


「どれも俺には効かなかったんだよね。だから俺が口にする君への言葉はどれも本物さ」


「嘘でしょ……」


 それでは彼が自分を『可愛い』と言ったのは本心だとでも言うのか。


 アナベルは顔が熱くなるのを感じた。


「何? 今頃照れてるの?」


「てっ、照れてなんかいないわよ!」


 アナベルは頬を紅く染めたまま、逃げ出すように部屋を出ようとした。そのすぐ後を「照れてる、照れてる」と揶揄からかいいながらフリギットが追いかけて行く。


 その腰にぶら下がる短剣のつかには、『P』の頭文字が刻まれていた。




 つづく




 ◆魂魄こんぱくの石


 人や魔族の魂を宝石の中に閉じ込めた物。魂は蝶の姿となって石の中に浮かび上がる。人の世界では美しく稀少な宝石だが、魔界では嗜好品のようである。双子によると「美味しい」とのこと。閉じ込めた人物の性格や生き様によって味わいが変わるとか。

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