第26話 かの女性の血族


 村の中は女達ばかりであった。


 村を囲う柵の切れ目に門があり、そこで挨拶をすると、一人の少女が前に出た。


 フルヴラがメイリン・ホータスへの案内を乞うと、少女は残念そうに首を振った。


「亡くなっ……た……?」


「ええ、もう随分と前に。今、彼女の跡を継いでいるのは別の女性なの」


 とりあえず、と村の中に通される。


 少年と老人という二人連れだったので警戒されなかったようだ。村の中はそれぞれの家でそれぞれ担当の薬品を扱っているらしく、家の前にはその薬に必要な薬草や木の皮が干されていたり、積んであったりした。


 村の中央の広場のそばに、ひときわ大きな家がある。どうやらそれがこの村を治める『賢き魔女』の家であるようだ。


 外で待たされる。


 程なく四十代半ば位のややふっくらとした、家庭的な女性が例の少女に連れられて彼らの前に姿を見せた。


 フルヴラは反射的に彼女の中にメイリンの面影を探したが、何処どこにもそれが見られず、今の村長がメイリンの親族では無いのだろうと判断するしかなかった。


「初めまして、マリー・オブライエンと申します」




 マリー・オブライエンの話によると、フルヴラが恋したメイリンは三十歳程で独身のまま亡くなり、その跡をマリーの母が継いだのだという。


『賢き女性』達は森の恵みを魔法薬にする為の集団であるので、その知識があれば誰が継いでも良いのである。


「しかし、困ったな、兄貴?」


「ああ、ドミタナス家に伝わる封印術にはわかたれた血筋ホータス家かポータス家の者が欠かせないんだが……」


 フルヴラは、自分とジャロックともう一人血族がいれば、封印術は完成すると思っている。マーサもいるが、彼女は本家の者では無い。


 それを耳にしたマリー・オブライエンは「あら」と微笑んだ。


「メイリン・ホータスの家を継ぐものはそこにおりますわよ」


 彼女が指差したのは、ここまで兄弟を案内して来た少女であった。





「あたしの名前はモリー、モリー・ホータス。先先代の『魔女』メイリン様は私のおばあちゃんのお姉さんになるわね」


 そういや妹がいたな、とフルヴラは昔を懐かしむ。モリーはメイリンに似た明るい赤毛と、愛らしい緑の瞳を持っていた。フルヴラの記憶の中では知的なその緑色の瞳が、彼に笑いかけていた。


「そういう繋がりで、あたしがあなた達についていくわ!」


「いや、君みたいな子どもには無理だ」


 フルヴラにそう言われて、モリーは言い返す。


「あんたいくつよ?」


「俺……?」


 フルヴラはジャロックに向かって「幾つに見える?」と聞く。ジャロックは両手の指を開いて十歳と示す。


「いやもう少し上だろう⁈ええと、十二だ!」


 モリーはふふん、と鼻で笑った。


「あたしも十二よ!子どもなんて言わせないからね!」


 中身は七十歳なのにな、とジャロックが小声で笑う。フルヴラは弟の背中を小突こづいた。


「ちょっと!お祖父さんに何してんのよ!」


「いや、此奴こいつは……」


此奴こいつ?あんたみたいな孫が一緒じゃ、お祖父さんが心配だわ。絶対ついて行くからね!」


「ま、孫じゃねぇし!」


「孫じゃよ」


「お前なぁ」


 モリーはすっかり疑いの目でフルヴラを見ている。祖父虐待の疑いだ。


 やれやれ、メイリンに似ていると思ったのは錯覚だった——。


 フルヴラは荷馬車にジャロックとモリーを乗せると、自分達の雑貨屋へと帰路についた。



 つづく




 ◆古の大賢者

 その昔、勇者と共に魔族と戦い、封印する術を生み出した。人の命を引き換えにする魔法である為、自らの血族を三つの家に分け、術者の命を引き換えにしない魔法に変換して後世に伝えられている。

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