第25話 賢き女性


「勇者ねぇ……兄貴は信じるかい?」


 カッポ、カッポとゆっくりと進む荷馬車に揺られながら、フルヴラとジャロックはシロエの森に向かっていた。


 森そのものに用があるのではなく、その手前の小さな村に、人に会いに行くのである。


「いまさら勇者が生まれるわけがなかろう。ドミタナス家はもはや——俺とお前しかいないのだ」


「だからさぁ、今から生まれるってんなら、兄貴に子どもが出来るとか……」


「馬鹿な事を言うな!」


「ひゃっ、ごめんごめん。と、いうかあのお告げは、兄貴の事じゃないのかい?」


 手綱たづなを操っていたフルヴラはどきりとする。彼も考えなかったわけではない。しかしいくら考えても、自分が勇者に相応ふさわしいとは思えなかった。


 彼が黙ったままでいると、ジャロックはなおも力説する。


「だってさ、マーサ婆さんが引退してからどれくらい経つ? そんな古びた巫女に突然お告げが降りて来るってのは余程のことだよ。婆さんがドミタナス家の血縁だからそうだっていうなら、やっぱり兄貴が若返ったことで、お告げがやって来たんじゃないかなぁ」


「俺は、剣もふるえん老ぼれ——じゃなかった、ガキだ。魔法ならともかく」


「今から習うんじゃないかな?」


「ぜっっっったいに、習わん!」




 やがて小さな村が見えてきた。細く立ち登る煙がたくさん見え、村中で食事の支度をしているかのようにさえ思える。


 しかしそうではない。


 この村では周りの広大な森から採れる薬草や木の実を使って、魔法薬を作っているのだ。


 例えばリンデンバウムの花から風邪薬、目薬を作るのを始めとして、ヒヨスやヘムロックから空飛ぶ軟膏、果ては魔力、体力を回復する魔法薬までを作る。


 そしてそれらを作る女達を『賢き女性ひと』と呼ぶのである。


 その中でも彼女らをまとめる『賢き魔女』が——。


「兄貴の惚れたメイリンってわけだ」






 弟の揶揄からかいに、フルヴラは手を上げかけたが、少年姿の自分が年寄りに暴力を振るっているように思われたので手を引っ込めた。代わりにぷい、とそっぽを向いて、


「相談に行くだけだ」


 と呟いた。


「まあ、頼れる女性だよねぇ……」


 頼れるだけではない。

 その血筋が受け継ぐ魔法があるのだ。それはフルヴラとジャロックにも流れている。


 かつて魔族と戦い退けた大賢者ドミタナスの血脈だ。それは長い時間を経てドミタナス家、ホータス家、ポータス家と三つに分かれた。


 今から会いにゆくメイリンはホータス家の者である。


「つまり兄貴は三つの血脈に眠る賢者の魔力で魔王を封印するつもりなんだな?」


 どこか楽しそうなジャロックの問いに、フルヴラは重々しく頷いた。




 つづく




 ◆魔女の秘薬

 この村で作られているのは一般的な薬の他に、魔法薬——ポーション等もある。ジャロックの店には使い古しのポーションが放置されていて、中身が結晶化し、大変危険な状態になっている物がある。

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