第24話 巫女のお告げ

 フルヴラとジャロックは金糸雀カナリヤかされるように夜道を駆けていた。月明かりに照らされて、森の中も妙に明るい。


「兄貴……は、速い……!」


 老いたジャロックはフルヴラに手を取られて走る。もちろん二人とも『早駆はやがけ』の魔法をかけていた。


 自分の脚が自分のものではないように動いていて気持ち悪い。


「あと少しだ。それから……」


「なんだい?」


「なんでもない」


 フルヴラは「兄貴と呼ぶな」と言いかけて言葉を呑んだ。マーサ婆さんの前なら、兄貴と呼ばれても差し支えあるまい。


 二人にとにかくすぐに自分の元へ来いと言ったのは彼女だ。


 久しぶりにマーサの声を聞いてフルヴラは元気がみなぎる。夜の闇をものともせず、林の中、草原の上を駆け、マーサの家へと辿り着いた。


 引きずられるように連れてこられたジャロックは疲れ果ててその場にへたり込む。


 それを支えながら、フルヴラはドミタナス一族の巫女の家の前に立った。軽くノックすると、魔女の顔をしたノッカーがギョロリと目をいた。


『ここを誰の家か知ってて来たのかい⁈』


 マーサに似たしわがれ声で、ノッカーはカタカタと話し出す。たいていの者はこの生きたノッカーを見ただけで恐れをなして逃げていくものだ。だがフルヴラは幾度か目にしている。


「こんな夜中だが約束はしている。ドミタナスの兄弟が来たと伝えてくれ」


『ほっほう! とても兄弟には見えないヨッ』


「もう、面倒だな。マーサ婆さん! 着いたよ! フルヴラとジャロックだ!」


 痺れを切らしたフルヴラは大声でマーサを呼んだ。抗議の声をあげようとしたノッカーは、ドアが突然開いた為に壁に押し付けられて『ムギュ』と変な声を出した。


 ドアを開いたのはやや小柄ながら存在感のある老婆である。家の中からの光で真っ黒な影に見えるが、その中に浮かぶ鋭い眼光は、フルヴラの知っているマーサのものであった。


「おやまあ、本当にフルヴラなのかい?」


 一瞬の内に彼らを観察したマーサは、彼と弟とを認めると、両腕を広げて歓迎した。




「つまり新しい魔王にしてやられた訳だね?」


「してやられた訳じゃない。現にこうして生きているし」


「馬鹿者ッ! 『小凍りの水晶』が無ければ、その場で消えていたやも知れぬぞッ!」


 マーサ婆さんに口答えなどするものではなかった。散々絞られた後、フルヴラはようやく、マーサが使い魔を送って来た理由を問うた。


「忘れてたッ! ひっさしぶりに御告おつげが降りてきたのじゃ!」


「婆さん、引退したんじゃなかったか?」


「うるさい。聞くのか、聞かぬのか?」


「聞くよ!」


 フルヴラとジャロックがうなずくと、ドミタナス家の巫女は目をつむおごそかに告げた。




「このドミタナス家の血筋から、勇者が生まれる!」




 老兄弟は仲良くひっくり返った。





 つづく



 ◆マーサの家のノッカー

 マーサの魔法により、不審者が家中かちゅうに入らぬよう護っている。おしゃべりで口が悪いのが玉にキズ。一般人は怖がって近づかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る