第五部 ドミタナス家の巫女

第23話 金糸雀


「よく食うなぁ、兄貴は」


「そんなに食べておらん!」


 誰かがこの二人を見かけたら、老人が孫みたいな歳の少年を『兄貴』と呼んでいたり、少年の言葉遣いがやけにジジくさいと感じたりするだろう。


 そう、この二人はフルヴラとジャロックである。どうにもフルヴラが元に戻る様子が無いので、とりあえずジャロックの店に身を落ち着けた。近所には兄の『孫』として紹介してある。


「ダメだって兄貴、もっと子どもらしく喋らないと。どこに魔王の手下がいるかわからないんだから、怪しまれたらどうするんだい?」


「むう……そう言うなら、お前もわしのことを『兄貴』と呼ぶな」


「ほら、『わし』って言った!」


「くそっ……」


 フルヴラは食べ終えた甘辛揚げ鶏肉乗せオートミールの空皿にスプーンをカランと放った。


「わかったよ、じーちゃん! 俺、孫のフルヴラ! よろしくな!」


「うひゃひゃひゃ! 兄貴……じゃない孫、最高ー!」


 ジャロックは真面目なフルヴラが弾けているのが面白くて仕方ない。フルヴラは「けっ」と面白くなさそうに頬杖をつく。


「さあさ、食事の片付けをするぞ。そのあとは晩酌を——」


 ウキウキと立ち上がるジャロックの耳に、小鳥の声が聞こえた。フルヴラも動きを止める。


 夜に小鳥が鳴く?


 フルヴラは瞬時に警戒態勢に入る。ジャロックは足手纏あしでまといにならないようにサッと机の下に潜った。


 手には魔力を相殺する『小凍りの水晶』を手に、フルヴラはサッと小窓を開く。


 軽やかに飛び込んで来たのは金糸雀カナリヤに似た鳥であった。緊張を解かず、フルヴラは再び小窓を閉めて、様子を伺う。


 金糸雀カナリヤは狭い部屋をぐるぐると回った挙句、テーブルに舞い降りた。


「なんだい?普通の鳥かい?」


 のろのろとテーブルの下からジャロックが這い出てくる。フルヴラは「しっ!」と人差し指で唇を塞いで見せた。ジャロックも慌てて口を両手で塞いだ。


 金糸雀カナリヤは可愛らしく鳴いている。


 クルル……クルルル……。


 目を凝らすと小鳥の首に六芒星の飾りがかけてあった。


「この紋章は……」


 フルヴラが記憶の中からその紋章の持ち主を特定するより早く、金糸雀が顔に似合わぬしわがれ声を出した。


『コラッ! ジャロック! いるんだろ⁈ サッサと顔を出しなッ』


「——マーサ・バードソンの使い魔か」


「わっ、マーサ婆ちゃん?」


 ジャロックがフルヴラの後ろから顔を出すと、金糸雀はその姿を認めてバサバサと羽ばたいた。


『コラッ! 挨拶は⁈』


「マーサ婆ちゃん、こっちが見えんのかい?」


『見えるよッ! そいつは誰だい⁈』


わめかないでよ……この子は、その、兄貴……の?」


『兄貴のッ? なんだい、ハッキリお言い!』


 しわがれ声は確かに彼等の大叔母にしてドミタナス家の系譜に連なる偉大なる巫女、宣託の魔女と呼ばれた『霧のバーディ』、マーサ・バードソンその人のものである。


 フルヴラはこの大叔母を信頼していた。金糸雀カナリヤの目の前に出る。


「マーサばあ、俺、フルヴラだよ」


『はあ⁈』



 つづく




◆金糸雀の使い魔


 ドミタナス家の血族であるマーサ・バードソンの得意とする魔法の一つ。彼女の金糸雀カナリヤは本物そっくりで、黙っていればただの鳥に見えるが、一度口を開くと口の悪いマーサの怒鳴り声が聞こえてくる。どうやら『目』も使えるようである。

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