第22話 アナベルの頼み事

 階段を上がった先の彼の私室は小さいながらも陽の光に溢れていた。何もかもが暖かく輝いて見え、懐かしいお日様の匂いで満たされている。


 ——グランシエラは昼間でも薄暗いのに。


 僅かに生まれた嫉妬が、チクリと胸を刺す。


 それには気付かず、フリギットはそっとアナベルに寄り添って語り始める。


「俺の事、覚えてる?」


「ええ。私の目の前で『ぬすの円月輪』を持ち去ったわ」


「良かった。覚えていてくれて。それに——」


 フリギットはそのままそっと、後ろからアナベルを抱いた。


 ふわりと。


 暖かい——。


 アナベルはその暖かさに包まれたまま立ち尽くす。もしも強く抱きしめられていたら、アナベルは逃げ出していただろう。フリギットはそのまま耳元でひそやかに囁く。


「——それに、俺に会いに来てくれた、ね?」


「違うわよ! 『円月輪』を取り戻しに来たのよ!」


 アナベルが反射的に振り向いて平手打ちを繰り出そうとすると、フリギットは巧みにそれを制して軽くアナベルの脚を払った。


「きゃっ……⁈」


 軽い悲鳴を上げたその身体が宙に浮く。そのまま抱き抱えられて、アナベルはお日様の匂いのするベッドに乗せられていた。


 真上に、フリギットの顔がある。


 アナベルは顔が熱くなり、起き上がろうともがいたが、フリギットは優しく彼女をベッドに押さえつけている。


「……っ!」


「——静かに」


 甘い声で囁かれ、アナベルは心臓が跳ね上がる。高鳴る鼓動と羞恥に震える身体。一瞬にして懐かしい香りと風景は姿を変えて、妖しくて秘めやかな彩りを生む。


 動きを止めたアナベルに、フリギットは唇を寄せる。彼の唇が艶やかなアナベルのそれに触れそうになった瞬間、彼女は目をぎゅっと瞑り、身を硬くした。



「——あっはははは!」


 フリギットは突然笑い出し、その身体をアナベルから離してベッドの上にあぐらをかいた。


「なっ、なによ?」


 一瞬の戸惑いの後に、羞恥が襲って来る。からかわれたのだ。


「違うってば。怒らないでよ」


「だって! 笑ったじゃない!」


「ごめん、悪かった。ん……なんというか……そう、可愛かわいかったから」


 アナベルは手近にあったクッションをフリギット目掛けて思い切り投げ付けた。


「帰る!」


「ごめんってば。望むなら続きをしても——ほら」


 ベッドから降りようとするアナベルを、彼は背後から抱きしめた。


「なんでも、君の望む通りに」


「嘘じゃ無いわね?」


「もちろん」


 彼のその言葉に、アナベルは顔だけ振り向けた。


「私の仲間になって」





 つづく

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