第20話 どこか懐かしい人

 二階は一階のホールと違って片付いていた。必要な物しかない、だだっ広い円形の部屋。


 円形というよりは円環型か。ホールに差し込む陽の光を取り入れるために、中央の床に大きく穴を作り、階段が申し訳程度に備え付けてあるのだ。


 テラスのように手すりがぐるりと巡らせてあり、その向こうの壁にさらに上へ行く階段が見えた。


 手すりを回り込み、そちらへ向かうと——。


 アナベルは額にヒヤリとする悪寒おかんを感じた。ハッと顔を上げると、彼女目掛けて白く光る刃が飛んで来た。


 一瞬でそれが『盗人の円月輪』だと見抜くと、アナベルは右へ体を倒し、それをかわした。円月輪は彼女の背後で大きく曲がると再びアナベル目掛けて飛んでくる。


「しつこいわね」


 アナベルは右手に魔力を集めると、飛んで来たそれをはっしと掴んだ。普通なら掴めるものではない。しかも彼女は、人差し指と中指の二本で捕らえたのだ。


 力を入れ過ぎたのか、円月輪が少しひしゃげた。


「あらやだ」


 アナベルは眉を寄せると、両手で円月輪を持って歪みを直そうとする。しかしどうにも戻らない。


 そこへ、心底可笑しそうに笑う声が聞こえてきた。アナベルが声のした方を見ると、三階への階段に腰掛けて笑う青年がいた。


「なかなか、面白いだね」


 この塔の主、盗賊フリギットである。




「笑わないでよ」


「やあ、ごめん」


 そう言って近づいてくる。


 整った顔。

 眉目秀麗と言うよりは、お日様の光を放つ様な人懐ひとなつこい顔。少しの無精髭も愛嬌になる、そんな男だ。


 男の、「いかにも俺に惚れない女はいない」と言う笑みと態度に、アナベルは懐かしさを感じながらも、とっさに円月輪を投げ返した。


「おっと、そんなに警戒しなくても」


 円月輪は歪んでいるせいか、男には当たらず、その脇の衝立ついたてにぶつかって落ちた。


「わかった。近づかないよ」


 男は歩みを止めた。


 アナベルは、今になって懐かしさの正体を知る。それは、彼女が魔王になる前の、人々との交流であった。


 ただの町娘であったアナベルだが、今や『魅惑の宝珠』の力により、出会う者ほぼ全てが魅了されてしまい、彼女の下僕となってしまうのだ。


 この『魅了』が効かない男は何者か。


「……あなた、何者?」


「この塔の主は俺だぜ。勝手に入り込んでいるのに、そんな挨拶はないだろう?」


 アナベルは前髪をかき上げると、姿勢を正し、少しだけ膝を曲げてこうべを垂れた。


「……アナベルよ」


「俺はフリギット。この隠れ家を根城に、盗賊家業をしている」


 その答えにアナベルは驚いた。


「泥棒さんなの?」


「まあね」


 男の笑顔から光が溢れる。


 アナベルは素直に、この男を——フリギットをそばに置きたいと思った。そばにいたいのではなく、魔王として側近にしたいと思ったのだ。


(『忠誠の雫』よ! その力を我に示せ!)


 アナベルは右手で首から下げた『忠誠の雫』を握りしめた。


(お願い、緑に光って……!)


 緑の光は忠誠の印。そしてどの様な言動で対象者が忠誠を誓うか、示される。


 アナベルはそっと右手を開いた。ひそやかに緑色の光を発しながら、その宝玉はまたたいた。


 その瞬間、アナベルの頭の中に情景が浮かぶ。宝玉の力だ。彼女がその通りに行動すれば、フリギットは彼女に忠誠を誓うだろう。


 だが——。


「嘘でしょ⁈」


 アナベルの頭の中に浮かんだのは、フリギットと二人仲良くベッドでむつみ合う姿であった。



 つづく




◆『盗っ人の円月輪』補足。


欲しい物を思い浮かべて魔力を込めながら投げると、その物を盗んで来るマジックアイテム。魔王・アナベルが掴んで形が歪んだ為、その力は失われてしまい、床に落ちた。

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