第19話 盗賊の塔


「魔王様、魔王様。本当にこの塔にアレがあるの?」

「あるの?」


 幼い双子の魔族だけを連れて、アナベルは森の中の小さな広場に建てられた小ぶりの塔の前にいた。


 シンプルな木造の建物で、せいぜい三階建てくらいの高さしかない。それでも塔と呼ぶ程には細長い建物で、森の樹々に紛れていて、まるでわざわざ隠されているようであった。


「ええ、あるわね。それだけは分かるわ」


 アナベルは紅いドレスを見に纏っていた。野外パーティー用の物で動きやすくも、華やかである。その胸元には深い緑色の宝石が輝く——『忠誠の雫』だ。


 彼女はこの魔法道具を危険予知の道具としても使っていた。紅く輝けば、その相手は危険。すぐに対処すれば良い。


 さて、問題はこの塔だ。


 さして頑強でも何でもない。


 問題なのは、あの男がいるかどうかだ。


 既に彼女は『ぬすの円月輪』の発する魔力を頼りにここまで来ていたので、この塔にそれがあるのはわかっていた。


 あの男——アナベルの魅惑が効かない男。


「んんん、人の気配、わからないね」

「んんん、この塔、魔法道具がたくさんあるよ。その魔力に紛れているのかな」


 双子にも感知できないらしい。


「行くしかない……か」


 アナベルは覚悟を決めた。


 幸い、『魔界の歯車』がある。攻撃されるなら、それで対抗するまでだ。


 それに、この前の老人と違って、魔法に詳しそうには見えなかった。魔法で抵抗されるとは思わないが、魔法道具はふんだんにあるらしい。心してかからねば。


「いざとなったら、『天球儀』で逃げるもん」


 新米魔王はそっと一階のドアを開けた。





 鍵はかかっていなかった。


 中はしんと静まり返っている。


 天窓が細い尖塔にあり、それが一階まで陽の光を落としている。そのせいで建物の中は明るく、そして暖かだった。


 ——懐かしい、お日様の匂いがする。


 ホールのように広さをとって、壁一面に棚が設えてある。中はいろんな物でいっぱいであった。溢れた品は適当に積み上げてあるようだ。


 その一階のホールには、人の気配はなかった。


「物置かな?」

「倉庫じゃない?」


 双子はガラクタと魔法道具とがごったに置かれたこの階が気に入ったようである。大きな目をキョロキョロと動かして、あちこちを観察している。


 アナベルはそっと意識を集中して、『円月輪』の魔力の気配を探った。頭上に何か感じる。


「上ね」


 双子はホールに寄せ集められた魔法道具が気に入ったらしく、手にとっては光に透かしたり、覗き込んだりしている。


「二人とも来ないの?」


「んん。ここの魔法道具面白い」

「魔王様、先に行ってて」


 アナベルはその返事を聞くと、ドレスの裾を少し持ち上げて、階段を登って行った。




 つづく

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