第三部 ジャロックの困惑

第16話 わしわし詐欺


 目の前で、ガツガツと食事を平らげる少年を見て、ジャロックはその健啖けんたんぶりをうらやましく思った。


 クルミ入りのライ麦パンに野菜と鶏肉のシチュー、揚げたジャガイモにグレービーソースをかけて、何度もおかわりをする。


 今追加で焼いて来た骨付き子羊肉のグリルも、あっという間に平らげるだろう。


 自分は花の香りがする紅茶だけを目の前に置いて、それを味わう。そのまま、がやって来た時の事に思いを馳せる。




 大人の服を無理やり着込んで、小山ほどある荷物を背に少年はジャロックの店に乗り込んで来た。


「わしだよ、わし!」


 わしって誰だよ。


 わしわし詐欺か?


 ※グランシエラ近辺では独身の高齢者を狙ったオレオレ詐欺が流行っていた。昔付き合った女性が産んだ息子orその孫という触れ込みで食事をたかるのである。


「お前さんみたいな小僧は知らん」


 ジャロックは手を振って追い返そうとした。


 すかさず少年はジャロックの額をペシっと叩いた。


「何をするこの小僧!」


 激昂するジャロックに驚くこともなく、濃い金髪の少年は青い目を向けながら、店のカウンターに飛び乗った。


「わしだ! お前の兄のフルヴラだ!」


 ジャロックはぽかんと口を開けた。が、ハッと気を取り直すと、「何を馬鹿なことを」と言いながらカウンター上の少年の足めがけて足払いを食わせるべく商品の杖を振り回した。


「おっと」


 少年は軽々とそれを飛んでかわし、もう一度ジャロックの額をペシっと叩いた。


「まだわからんか、『魔界の歯車』でこうなった」


「……」


 うっそだー。


 だが『魔界の歯車』の事を知っている人物は限られる。


「……あたしの兄貴の名は確かにフルヴラだがね……じゃあ兄貴の好きなスイーツは?」


「エッグタルト」


「ほお、正解だ。では第二問!」


 何が第二問なのか。少年はちょっとだけムカついた。


「兄貴には若い頃、結婚まで考えた女性がいました。さてその女性の名は?」


「ばっ、馬鹿者!なんて問題を出すんだ」


 少年は顔を赤くした。

 若返ったせいで、感情と身体の反応が直ぐに出る。厄介だな。


「ほれみろ、わからんだろ?」


「ぐぬぬ……なんでお前が知ってるんだ!」


 悔しそうな顔をしながら、少年は渋々答える。


「『賢き女性』のメイリンだ」


「えっ? やっぱり! 怪しいと思ってたんだよね」


「ちょっと待て、今のはどういう事だ!」


 食ってかかる少年を無視して、ジャロックは続ける。


「最終問題、兄貴が別れ際にあたしにくれた魔法道具はなんでしょう?」


「は? 『小凍こごおりの水晶』だが……」


 少年がそう答えると、ジャロックはカウンターの上の彼をギュウッと抱きしめた。


「本当に? 本当に兄貴かい⁈」




 つづく

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