第14話 優雅なり、その姿

 ——騙された。


 老齢のフルヴラには怒りも焦りも湧かなかった。むしろ、ただひたすらに己の迂闊うかつさを呪った。


 ここまで容易たやすく来れたことを、何故なぜ疑わなかったのか?


 何故、自分が憧れた魔法道具の話が出て来たのか?


 自分が釣られたのだと、フルヴラはおののいた。


 しかし——。


 目の前の魔王は少しも恐ろしくは無かった。


 若く美しく、人間の女性にしか見えない。派手というよりは優雅に見えるほっそりとしたドレスを纏い、ゆっくりと窓辺の寝椅子に腰掛ける様は、気品すらある。


 月明かりのせいで、部屋の中は青と白と、影の黒色しか見えないのが残念だ。お互い、瞳の色さえ分からない、幽玄のひと時であった。


 フルヴラは服の上から胸元を押さえた。この下に『小凍こごおりの水晶』が無ければ、自分も城の者たちや城下町の者のように、魅入られていたに違いない。門番も『白馬亭』の亭主も、いつの間にか魅了チャームされていたのだ。


「コイツ、精神力も強いね」

「魔王様の魅了が効かないね」


 双子だろうか?


 子どもと見えたのは見た目だけのようだ。その瞳が魔族のものであるのに、フルヴラはすぐ気がついた。


「魔族じゃないよ」

「半分だけね」


 半分だけ、という事は別の種族との混血という事なのだろう。恐らく人と魔族の——。


「この人賢いね」

「何でも知ってる」


 見透かされている気がして、フルヴラは身構えた。






「街の人から聞いてはいたの。私のことを調べている人がいるって」


 声音こわねは甘く優しく、人の心に入り込む。あいにくと窓から差し込む月の逆光のせいで、顔はよく見えなかった。


「会いたかったわ。私に魅了されない、精神の持ち主に」


 そう語られても、フルヴラは目の前の魔王から発せられる強大な魔力を感じ取って、冷や汗が流れるのを押さえられなかった。


 圧倒的な力の差。


 フルヴラに幸運な事は、生まれたての魔王本人が魔法知識に乏しい事だ。その魔力の使い方がわかっていないという事が、彼に伝わってくる。


「私はある物を探しているの。貴方あなたならわかるかしら?」


「……」


 押し黙ったフルヴラを嘲笑あざわらうように、二人の子ども達がクスクスと囁き合う。


「違うよ」

「違うわ」


「魔王様は世界なんか欲しくない」

「魔王様は支配なんかしたくない」


 フルヴラは目をいた。


 それでは魔王とはなんなのだ。


 この、目の前ににいる魔王はなんなのだ。


 この強大な力を、何に使うつもりだ。


 急に目の前の魔王が得体の知れないものに変わる。その「わからないもの」という存在に、フルヴラは恐ろしさを感じた。


 突然、部屋に赤い光がほとばしる。


 二人の子どもが飛び退すさった。


「だめだね」

「この人はだめ」


 魔王が胸元から何か取り出した。フルヴラにはそれが何かすぐにわかった。


『忠誠の雫』だ。


 緑の光は忠誠の光。


 赤の光は——。


「残念。貴方は私に従わない人なのね」


 口とは裏腹に、ちっとも残念そうには見えない。今、彼女の周りに居るのは『忠誠の雫』で選別された者達なのだろう。


 フルヴラの方もそれと分からぬように後ずさる。魔力の放出方法を知らなくとも、何をされるかわからない。


 それを見た魔王はクスリと笑う。


「私にあるのはこの膨大な魔力だけ。やっぱり魔法の使い方を習っておけばよかったかしら」


 そう言いつつ、彼女はドレスの腰に付けていた飾り紐を手にした。その仕草もまた優雅。


 その美しさに心を惹かれたせいで、フルヴラは彼女が手にしている物が何であるのか、気がつくのが遅れてしまった。


 彼女の手には——。


「『魔界の歯車』かッ⁈」




 つづく

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