第13話 蔵書室を目指して


 ——ひたひた。


 冷たい大理石の廊下を、フルヴラは歩いていた。壮麗な王宮の廊下。今は壮麗にして闇色に染まった黒の廊下——誰一人歩いていない、真夜中の長い長い廊下を、彼は一人歩いて行く。


 脳裏に浮かぶは『白馬亭』の亭主の声だ。


 ——俺に魔王の情報を流してくれる客がいる。王宮の門番で、この店の常連だ。


 フルヴラは少しの後悔と同量の好奇心を胸に、ひたすら歩いて行く。彼ぐらいの歳になると、その二つは行動する上であまり意味をなさない。むしろヘマをしないための冷静さがほとんどを占めている。


 ——奴なら王宮内に忍び込む手配をしてくれるぞ。


 フルヴラはいつもより多くの金貨を亭主に渡し、『手配』を頼んだ。そうして今、彼が目指しているのは王宮の蔵書室である。もしも魔王が『盗人の円月輪』などの魔法道具の情報を得るならば、そこであろうとふんだのだ。


 ——ひたひたひた。


 幸いにして王宮内には番犬なども居ず、フルヴラは足音がしないよう靴を脱いで、靴下で廊下を歩いていた。


 足裏に布地越しにも冷たい大理石の感触を感じながら、彼は蔵書室を目指す。その場所は丁寧にも彼を王宮に招き入れた門番が教えてくれた。


 その小さな地図を片手に、フルヴラは階段を登る。よく磨かれた黒檀こくたんの手すりは滑らかで、細い柱には見事な装飾が施してある。


 中央階段から離れた、普段使いの瀟洒しょうしゃな階段である。王族や貴族の通用階段といったところか。


 登りきって突き当たった所に扉があった。さすがに息を切らしながら、フルヴラは小窓から差し込む月明かりに浮かぶ、これまた凝った装飾の扉を見つめている。


 小さいのに豪奢な造形。


 やはり此処ここは高貴な身分の者が使う通用口なのだ。


 ——若い頃ならこれくらいの階段など一飛びに登ったものだったが。


 呼吸を整えながら、彼は片手に握る地図を見た。それにはこの扉の向こうが、蔵書室であると書かれている。更に蔵書室の正面の扉では無く、裏口のようだとメモがつづられていた。


 フルヴラは一つ大きく深呼吸する。


 と、ピタリと息を止めた。


『探索者』としての彼が浮かび上がる。手の震えひとつなく、そっと黄金色の取手に手をかけた。






「あら、いらっしゃい」


 あでやかな声が、待っていたとばかりに嬉しげにフルヴラを迎えた。


 蔵書室と思っていたその場所は、広い豪奢な作りの居間で、声の主の背後には背の高い巨大な窓が満月を捉えている。部屋の中は月明かりばかりだ。


 白銀の満月を背負いながら、細い優雅な影が窓の前の寝椅子に向かって歩いて行く。


 裾の長いドレスはレースをたっぷりと使い、月の光に淡く波打っていた。


 さらさらと音を立てるそれの脇を小さな二つの影がちょこまかと歩いて行く。見れば四、五歳くらいの子どもが二人、クスクスと忍び笑いを漏らしながら、扉からの侵入者を見ているのだった。



つづく

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