第12話 盗人の円月輪


『白馬亭』は夜間と食事時を避ければ、いつでも席が空いているとフルヴラは何度か通った後に気づいて、亭主と話をするならこの空き時間が良いと踏んだ。


 いつもの席に着くと、いつものように麦酒エールと軽食が置かれる。ついでにいつものように向かいの席に亭主が座った。


『白馬亭』の亭主はだいぶフルヴラの事を気に入ったらしく、いつの間にか顔馴染みの扱いをしてくれる。その理由の一つにはフルヴラの気前の良さと、もう一つにはフルヴラの冒険譚がある。


 若い頃から魔法都市グランシエラを出て、各国を渡り歩いて来たフルヴラの話は、亭主の気に入るところとなったのだった。


 もちろん、彼の方も情報収集をおこたらない。今日はかの魔王が何処どこかへおもむいてその地に眠る宝物を手に入れようとした話を仕入れていた。


「ほう、それは興味深い。ついに魔王が動いたか」


「そういや、城から出るのは初めてか?」


 亭主は髭の伸びた顎を触りながら呟いた。


 知られて出るのは、な。


 フルヴラは独りごちた。

 何せ魔王には『征服の天球儀』があるのだ。知られずに城を出ることなぞ朝飯前だ。わざわざ人目に着くように出ていくのはどういう事だろう。


 少しだけ胸の中をざわつかせながら、フルヴラはまだ熱々の腸詰めを口に運んだ。口の中で弾けた脂で火傷やけどしそうになる。


「あちち……。それで情報はそれだけかね?」


「まさか! 驚くのはな、あれだけ何でもできる魔王が、そのお目当ての宝を手に入れそこなったってことよ!」


 フルヴラは少しだけ動揺して、持っていたフォークを落としかけた。


「——それは、興味深い」


 フルヴラの反応に亭主は満足げにニヤついた。


「目の前でお宝をかっさらわれたってよ」


 と、更にニヤニヤする。


 フルヴラは驚きと共に、魔王の手元にある魔法道具を思い浮かべる。


『魅惑の宝珠』——奴の魅力が通じなかった?


『忠誠の雫』——これはまあ、お宝争奪には関係ないか。


『真夜中の小瓶』——これも関係ない。


『ウイスキー・フラワー』——魔力があってもまだ魔法の使い方がわからないのかも知れない。


『征服の天球儀』——これは空間移動装置。今回は使ってないようだった。(城から出る姿を見られているから)


『魔界の歯車』——魔王の持つ魔力なら、いくらでも時を戻して相手を捕まえられるだろうに、何故それをしなかったのか?


『才能の鍵』——これは今回は関係ない。


 フルヴラがつらつらと考えている所へ、白馬亭の亭主は更に情報という名の爆弾を放り込む。


「魔王様が狙ったのは、『盗人ぬすっとの円月輪』だそうだ」


「なんだと⁈」


 驚いた『探索者』は立ち上がった拍子に、麦酒エールのグラスを倒してしまった。


「おいおい」とたしなめながら亭主が分厚いエプロンでテーブルを拭く。しかし新たな情報を耳にして、フルヴラはすっかり考え込んでしまった。


『盗人の円月輪』は小ぶりの円形の刃物だが、円い刃は虹色のまだら模様を持ち、その造形も満月の如く見事だと伝えられている。確か魔力を秘めた宝石が付いていたはずだ。


 もちろん魔道具であり、持ち主の狙う財宝を飛んでさらって来ると言われている。


 それがあれば、他の魔道具を集めるのも簡単であろう。持つだけで魔法を使えるようになる『偉人の書』でも、魔物を呼び寄せる『愚人の魔笛』でも何でも集められる。


 しかも——実は若い頃の『探索者』フルヴラが欲して止まない物でもあったのだ。それがまさかこんな所でその魔道具の行方を知る事になろうとは。


 ——魔王がその円月輪を手に入れられなかったならば、わしがそれを手にする機会チャンスもあるだろうか?


 店を出ると、フルヴラは彼方にかすむ魔宮を見やった。



つづく




◆『盗人の円月輪』

ダマスカス刀に似た紋様の円形の刃物。輪になっていて、回転しながら持ち主の狙う宝を持って来る。使用者の魔力により、使用範囲は限られて来る。

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