第二部 フルヴラの災難

第9話 我が家の功罪



「全く、何のためにわしが方方ほうぼう彷徨さまよって、アイテムを集めて来たと思っているんだ? 全ては魔王を生み出さないためだぞ!」


「ごめんよ兄貴……」


 ごめんで済むなら——と言いかけて雑貨屋ドミタナスの店主の兄、フルヴラ・ドミタナスは口を閉ざした。


 一番安全であると思って、実家の店に預けていった物を、まさか弟が売ってしまうとは。


「親父がいた頃は、店も綺麗だったし、商品もきちんと整理されていたものだが……お前と来たら」


「だからすまないと……」


 再び謝る弟を見ながら、『探索者』フルヴラはため息をついた。




 少し実家に戻らぬ間に、王都グランシエラは『魔都』と化してしまった。幸い王宮の出す魔の瘴気は城下町までまだ届いてはいない。しかしそれも時間の問題だ。


 間も無くこの店も暗い闇色に染まるのだろう。


 魔法道具の雑貨屋と名乗ってはいるが、年老いた兄弟の父親はなかば魔法の研究者でもあった。研究過程で生まれた道具を売却していくうちに、材料の仕入れも兼ねて、フルヴラがあちこちに遠出し、珍しい魔道具を店に並べるようになったのだった。


 若きフルヴラは目利きとなり、やがて探し出せない物はない『探索者』と呼ばれるようになる。しかし探していたのは道具だけではない。


 予言という呪いを解く方法をも探していた。


 グランシエラに伝わる予言はこうだ。


『魔法都市グランシエラから魔王が生まれるであろう』


 そしてドミタナス家に伝わる文言がまた一つある。


『七つの魔道具が揃う時、魔王となる器が現れる』


 その七つの魔道具を集めたのはフルヴラであるから、一概に弟を責めるわけにはいかないが、フルヴラにしてもどの魔道具がその七つであるのか、までは把握できていなかった。


 魔道具を封じるかどうか検討していたが、そのうちにその一つを弟が売却したと聞き、慌てて帰郷した訳である。


 帰郷した彼が目にした物は、どんよりと曇るグランシエラの王宮の姿であった。既に王は城から追い出され、その玉座にはなりたての魔王が座していると聞いたのだった。


 それにしても——。


 弟の話では、フルヴラが集めた魔道具の内、問題の道具は七つ売れたわけだが、そのどれも別人が買って行ったという。


 街の人から王族まで、身分も様々な購入者であったというのに、何故魔王が生まれてしまったのか。


 おそらく魔王になった者の差し金に違いない。


 フルヴラはそう結論づけた。


 この地にとどまって対策をるのは自分一人で良い。年老いた『探索者』はそう考え、弟を別の街へ行かせる事にした。


「わしが此処で店を継ぐ。お前は商品を持てるだけ持って別の街へ行け」


「兄貴に商売なんかできるわけないだろう?」


「儲けるためにやるんじゃない。魔王を倒すために此処に残るんだ。それがせめてものつぐないだろう」


 魔王の使いとして魔道具を買っていったと奴らもなかなかの目利きだ。それとも魔王にそこまで指示されてきたのか。


 フルヴラの独り言に、弟が反応する。


 恐る恐る、七つの魔道具を自分が見繕ったと打ち明ける。


「なっ……⁈」


 なんだと⁈

 こいつが?


 フルヴラは驚きのあまり、穴が開くほど弟の顔を見つめた。


 人の良い、間の抜けたシワだらけの顔。白く蓄えた髭も、魔法道具店の店主らしくわざわざ伸ばしたものだった。目利きでもない彼は、親切心で客の望む物を提供したに違いない。


 これは、なるべくしてなったのか。


 ドミタナス家の者が七つの魔道具をそろえ、ドミタナス家の者が七つの魔道具を魔王の器に渡す。


「まるでウチが魔王をこの世に解き放ったみたいではないか」


 フルヴラは嘆息した。



つづく

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