第9話「今年の夏の予定は?」
終業式が終わった教室は騒がしかった。
明日から夏休みだ。誰だって浮足立つというものだ。
最後のホームルームの後はそれぞれのグループに散って、おしゃべりに花が咲く。
そこかしこで今年の夏の予定についての話。
そう、予備校での受験勉強である。
高校三年生の夏休み。
遊んでいる暇はないのである。
しかし、みんな暗い顔はしていない。むしろ受験の息抜きの遊びをどうするかで盛り上がっている。受験生だって遊びたいし、高校最後の夏を勉強だけに費やす気なんてさらさらないのである。
だから心地いい雑音がこれから始まる長い長い休みの期待感を煽るのだ。
僕はスマホを確認する。
ラインにはすでにいつものメンバーがこの後どうするか相談している。
僕もそろそろ教室を出よう。
僕らは特に決まった場所に集まってはいない。
その時々に空いている教室で暇つぶししている。
だが今日はそういうわけにはいかない。
どこの教室も人がまだ残っていて騒がしい。
こういう時はどうするのか?
もちろんちゃんと考えてある。
二階の渡り廊下は人気がない。理由は単純で教室から遠いからだ。この渡り廊下は特別教室のある特別棟と普通教室の普通棟をつなぐが、今日特別棟に用のある人間は少ない。必然僕らのような流れの人間が集まるには都合がいい。
「遅いぞ」とすでに塔崎さん以外が揃っていた。
「塔崎さんは?」
「スミは卒業写真撮ってるよ」ああ。そうか。
塔崎さんは卒業写真委員なのだ。
卒業写真はプロのカメラマンが撮る写真とは別に生徒がカメラを持って何気ない日常を撮ったりする生徒写真がある。
塔崎さんは入学した時から三年になったら卒業写真を撮ろうと決めていたらしい。というのは全部伝聞。長村さんに聞いたのだ。
本人に聞いても珍しくはぐらかされた。だからそれ以上踏み込んでいない。
「まぁ、スミは今仕事中だから私らで決められることは決めるよ」といつものように仕切る菱谷さん。
「去年は文化祭で地獄を見たからね。今年の夏休みはのんびりしたい所かな」と富岡。
「みんな今年は受験生でしょ」と菱谷さん。
「でもさー最後の夏休みじゃん?なんかイベントほしくない?」と太田は僕らを見渡した。
「そりゃ。そうだけどね」と菱谷さんも同意した。
「なに、ずっと遊びまわるわけじゃないさ。メリハリつけて勉強の時は勉強。遊ぶときは遊ぶってのが大事なんだよ」
「それには同意するよ。んじゃ漠然とした感じの話しますかね」と長村さんが言った。
「漠然とした話?」と僕。
「そ、海とか山とか。そのレベルの話。どこの海に行くとか山に行くとかそういう具体的な話じゃなくてふわふわした感じでスミがくるまでアイドリング」
「二度手間にならない?」と富岡。
「んーでもさイメージくらいは固めておいたほうよくない?」
「先に方向性決まってたら塔崎さんが合流したときに反論しずらいんじゃない?」富岡は何気にこういうことに気づく。
「スミなら大丈夫でしょ」と女子二人は声をそろえた。
まぁ、それなら大丈夫なのだろう。
「んじゃ、始めるよ」こうして僕らの高校最後の夏休みの過ごし方の話し合いが始まった。
「とりあえず思いつく意見をどんどん出していこう!」僕はネタ帳と書いてあるノートを広げた。
「山」と太田。
「海」と富岡。
「一泊二日の旅行」と菱谷さん。
「祭り行きたいよね。あと花火大会とかあるじゃん。それ行きたくない?」とノリノリの長村さん。長村さんはこういうのが好きだ。
「花火大会と祭りは日にちが決まってるから、その日に集まればいいだけだね」
「予備校あってもぶっちぎって集合だかんね?」長村さんはテンションが上がるとどんどん言葉遣いが雑になる。本人に自覚があるのかは知らないけど。
「んじゃ、祭り系は行く方向で」
「山と海はどうする?」と太田。
「さすがに両方行くのは金がないね」
「一泊二日の旅行は?」と菱谷さん。
「まぁ、山か海の一泊二日の旅行だよな?」
「みんな金の貯蔵は十分か?」と富岡。
「まぁ、少しくらいならね」とそれぞれ歯切れが悪いが解答。
「菱谷さんはなんか当てはあるの?」
「んーお祖母ちゃんのうちが三原の方にあってさー部屋あるから六人くらいなら泊まれると思う」
「なるほど。お金の問題とこの時期に宿予約とか厳しそうなのの問題は解決だな」
「三原ってことは海だな」
「うん。海でいいなら、うち使えるよって話。もちろんこれで山派が無くなったわけじゃないよ、アイディア段階ね」
「おーけおーけ」と軽い太田。
「まー今まで出たアイディア全部やっても四日くらいか。これくらいなら勉強に支障はないかな」と僕。
「でもみんなホント、受験生の自覚は持ってよね」と菱谷さん。
「そりゃ忘れないよ。でもさ高校最後の夏休みだゼ。やっぱり楽しまないとウソだよ」と長村さん。
「まぁ、そりゃ私だってそう思うけどさ」
「兄が言ってたよ。高校の頃もっと遊んでおけばって。私は後悔したくないね」
「ま、漠然としたラインはこのあたりかな」と僕。それにみんなそうだねと言ってそれぞれの雑談に移った。
「やっぱりみんな大学受験?」と僕。
「そうだなーまぁ、行けるなら行った方がいいだろ」と太田。
「私は専門学校行きたいんだけどね~でも、親がね」
「アニメターか大変そうだよね。あまりいい噂聞ないしね」
「まぁ、この時代どこも同じもんでしょ。大卒だからって正社員になれる保証もない。なった所でブラックだったりさ」
「暗い話はやめようぜ」と富岡は続けた。
「俺たちの未来は明るいさ」
「ふ、根拠ねーな」と長村さんが笑う。しかし「だけど、そうだね。そう思わないとね。何事も」
「川井君は小説家?」今の話の流れからして現実的な話ではなくて将来の夢の話なんだろうと思う。だから。
「そうだね。ナンタラ賞取ってみせるよ」
「そういえば、川井が何書いてるのかってあんまり話題にならないよな」と富岡が余計なことを言う。
「どんなん書いてるの?おねーさんに言ってみなさいな」と長村さんが絡む。
「同い年でしょ。ラノベだよ。だから芥川賞とか?直木賞とかは無理だよ。雷撃文庫とかゴゴゴ文庫とか?だよ。狙うのはね」
「んじゃ、アニメ化、アニメ化だね。アニメ化したらみんなでお祝いしないとね」
「書籍化すらしてないよ」
「んじゃ新人賞取ったら。教えてよ。絶対教えてよ?そん時は全員集合だよ?」長村さんは「みんな」が好きだ。「みんなで」何かやることにこだわっているように見える。この三年間でそんなことが少しだけ分かった。
「そういえばネットに投稿とかしないの?」
「んーんしないなー」
「なして?」
「自信がないのと。新人賞に送るネタを使いたくないから」
「なんか痛いね」と菱谷さん。
「そだね。なんかジイシカジョー」と長村さん。女子二人のキビシー意見にへこんだので。
「いいだろ。そっちこそどうなんだよ」と長村さんを見る。
「私は~いいじゃないか?」
「長村さんも有名になったらなんかお祝いだからね」
「や、恥ずいから私はいいよ」
「いや、恥ずかしくはないだろ」と太田。
「そうそう、みんなが実力認めたんだから、おとなしくお祝いされるといい」と「スミ来るって」と菱谷さん。スマホを見ると塔崎さんが「人減ってきたから合流するよー」とあった。
塔崎さんが合流して具体的な話に移った。
祭りに参加というがいつの祭りに参加するのかとか、菱谷さんのお祖母ちゃんの家に行くのでいいのか?とか。
とりあえず色々決めた。
こうやって形になると、夏休みというものが一つのモノなんだなと思う。
漠然と長い休みという印象しかなかったけど、予定をつめると有限の箱なんだとわかる。
この夏は、この瞬間にしかない。
来年の夏は来年の夏しかない。
当たり前のことだけれど、だからこそ。
「長村さん」と僕はみんなで下駄箱に向かう中声をかけた。
「ん?」
「今年も楽しい夏にしよう」それに彼女は笑顔で答えた。
「もちろん。サイコーの夏にしよう。ゼ!」
今年も夏が始まる。
●了
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