第10話「夢の話」
「持ってきたよ」と僕は言う。
「ありがとう」と長村さんは言った。
事の始まりは昨日のライン。
受験も終わって学校も授業がないので僕は学校の図書室にこもって小説を書いていた。
それをぽろっと喋ってしまったのだ。
他のメンツは「確かに行くようないから行ってなかったけど、学校で暇つぶすのはありだな」くらいの返信だった。長村さんも「確かに学校いいかもね。ほかの学年が授業中に作業とかはかどりそうw」とかいっていたのだが、それと並行して個別ラインが来た。
「明日は学校で作業する?」と「うん」と答えると「私も行くわ。図書室ってパソコン使える?」とあって、いつの間にか今日会うことになったのである。
そして冒頭に戻る。
「隠しても無駄だよぉお。さーそのpcを見せなさい」
「いやpcは持ってきてないけど」
「えー今どき紙原稿?」
「いや、これ」と言って僕はポメラを出した。
「何それ?」
「電子メモ帳?」
「?」
「文章を書くのに特化した機械」
「ふーん。触っていい?」というので渡す。
「なるほど。これがディスプレイで。へーフルキーボードだ。いくらすんの?」
「三万いくら」
「マジ?」
「まじ」
「これが電源か」とそこで気づく。
「ちょ」
「あははは、もう遅い」ポメラは起動に二秒とかからない。
「長村さん・・・見たね」
「い、いや。見たというほどのものは見てないよ。てか白紙やん。ほかにもファイルあるんでしょ。そっちには書きかけの小説があるんでしょ」
「あるけど、操作方法教えるわけないでしょ」
「けちー」と言っているが残念がってる様子はない。
「でもま、見たかったのは本当だよ」ちょっと真面目なトーンで言う。
「無謀な夢を持ってる仲間の実力って気にならない?」
「無謀なのは自覚してるんだ」
「お互いにね?」
「ははは。そうだね。確かにそうだ」そこで僕は決めた。
「読んでいいよ」
「?」はじめその意味をつかみ損ねていた長村さんは意味を把握して少し驚いた顔になった。
「いいの?」
「誰にも読んでもらわない小説に何の価値があるんだい」
「それなら読ませてもらうね」簡単な操作方法を教えて、僕は本を読むことにした。
しかし、すぐ近くで知り合いが自分の小説を読んでいるという状況は思ったよりも効いた。全然集中できない。落ち着かない。
僕の書いた話は短編が主だ。
早く早く感想が聞きたい。けれど、わかってる。そんなに早く読めるはずない。
僕は窓から外の風景を眺める。
ゆっくりと時間が流れていく。
図書館には僕らだけ。
世界はまるで時間を忘れてしまったかのように静かだ。
時折、長村さんが少し笑う声がする。それがなんだか嬉しかった。
「ありがとう」と長村さんはポメラを返してくれた。
「・・・」なんだか恥ずかしい。ずっと誰にも見せていなかった小説だったのだ。まともに顔が見れない。
「あ・・・のさ」と何とか言葉を作ろうとする。
「ん」
「どうだった?」
長村さんはニヤリとして。
「すううううごく」
「・・・うん」嫌な予感しかしない。
「つまらなかった!」元気いっぱいに。何か面白い冗談でもいうかのように陽気に。
それが清清しかったから僕のダメージはそれほどではなかった。
「まず、イタいね」
「ぐは」そうでもなかった。
「よく言えば王道。悪く言うとありきたり。展開にサプライズがない」
「伏線の張り方が下手。てか張ってない」
「設定盛りすぎ」
「心理描写がくどい」
「キャラの書き分けができてないというか人間がかけてない」
「何もそこまで言わなくてもぉ」僕はボコボコにされていた。
「でもさ」
「え?」
「熱気は伝わってきたよ」
「え」
「川井君はこのまま突っ走って」
「それってどういう意味?」まさか自分は降りるっていうのか?この勝ち目のないゲームから。
「いや、違う違う」僕の目から何か読み取ったのか長村さんは否定した。
「なんかさ。一人でやってるとさ。時々考えちゃうんだよね」あははと力なく笑って続けた。
「自分なんかがやってて意味あるのかってさ。
自分よりうまい人が沢山いてさ。
自分のやってることなんて努力と呼ぶのも恥ずかしくなる程度のもので。続けてる意味あるのかなってさ。柄にもなく弱気になってさ。だから確かめたかったんだ」
「何を」
「君を見て、私がどう思うか」
「・・・」
「君の努力を私が無駄だと思ったら。その時は私もいよいよ終わりだった。でも」
「違った」
「うん。君の熱気。確かに受け取ったよ。
私たちは無駄かもしれない。勝てないかもしれない。でも、それはやめる理由にはならないし。
なにより、作るのは楽しい。
もちろん上は目指すけど。最初の位置はソコだって。再確認できた。ありがとう」
「いや・・・僕もありがとう。読んでくれ。正直な感想を言ってくれて」
「うん。君が頑張ってるって私はわかったから。私は大丈夫。
これからさ、離れ離れになって会う機会も減ってさ。でも、君がどこかで小説書いてるって思ったら、私は、私も頑張れる」
「僕もそうだよ。どこかで長村さんが音楽を作ってるって思えれば、頑張ってるのが自分以外にいるって知ってるから。それを笑わないなら、それは自分を笑わないことと同じなんだ。
僕は長村さんを笑わない。だからたとえ、自分をどんなに卑下したくなっても、僕は僕を信じてくれた君を信じる。頑張ってる人間を笑わない人がいるって僕も知ってるから。頑張るよ」
「うん。お互いにね」
「うん」
「お互いがお互いを信じると自分を信じてるのと同じになるんだね」
「そうだね。僕は君を信じる。だから僕自身を信じてる」
「うん」
その後、僕らはお互いのペンネームとネットでどう活動しているかを教えあった。
「あ」と長村さん。「ミコにも教えてあげないとね」
そうだね。
菱谷さんもきっと同志だ。
「これ」と長村さんはUSBメモリを出した。
「私の作った曲。感想聞かせて」
「ん、わかった」それを受け取り大切にしまった。
大切な時間が過ぎたのがわかった。
それは今過去になった。
それは今糧になった。
「さて。帰りますか」と僕。
「うん」と応える長村さん。
僕らは連れ立って歩いた。
無言だった。
長村さんが大人しいのはなんかおかしかったけど。悪くないなと思った。
言葉じゃない。
無言が苦にならない。
心がほわほわする。
ああそうか。
僕は。
今。
安心してるんだ。
ずっと不安だった。
それは全部、さっき長村さんが言葉にしてくれた。
無駄な戦いをしているんじゃないか?
その不安。
でも今は。
隣を歩く君は、にこにことしている。
同志がいる。
それがこんなにも心強いなんて。
これから色んなことがあって。
止まったり。
躓いても。
僕は。
今日を忘れなければ。
また歩き出せる。
まだ立ち上がれる。
「長村さん」
「ん?」
「僕は」
「うん」
「僕は君を驚かせるよ。いつかきっと絶対に」
「うん。私も。君を感動させてやるから覚悟しなさい」僕らはそう言って笑いあった。
きっと大丈夫だ。
僕らは。
きっと。
大丈夫だ。
●了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます