第2話「昔話」

 昼休み。今日は雨なので僕たちは教室で昼ご飯を食べていた。女子チームとは昼は一緒ではない。大体放課後からの合流だ。

 僕はいつもの総菜パンを食べながら進路の話なんかをしていた。みんな特に何の目的もなく大学に進学するみたいだった。僕みたいに何の考えもない人間がたくさんいて安心である。と、そこに伊出先生がやってきた。

 「やぁ」と軽く手を挙げて「いやー職員室だと休んだ気にならない」といって僕らのグループに入ってきた。

 「伊出先生って職員室に居場所ないんですか?」と太田が無神経にクリティカルな質問をする。

 「そ、そんなことはないぞ。職員室ではみんな優しくて・・・」

 「無理しなくていいですよ。ここには先生の味方しかいません」と富岡。

 「無理ではない。本当に。本当だ。休んだ気にならないっていうのは、君ら関係で」

 「?どういうことです」と僕。

 「ん。ああ。いや、進路だよ。進路。この時期になるとそういうことを考え始めることになる。自分の机にはそういう資料が山積みで。休んだ気にならない」

 「なるほど。つまり現実逃避ですか」と僕。

 「川井君。きみ直接的すぎるよ」

 「進路ですか。ちょうど今そんな話してましたよ」と僕。

 「先生は高校の頃進路どう考えてました?」と僕は興味本位。もとい今後の参考に。人生の先輩である先生に聞いてみた。

 伊出先生は少し上を向いて「そうだな」とちょっと遠くを見て続けた。

 「あの頃は。高校の頃は私もピュアだったよ」と伊出先生。

 「へー今と変わらないですね」と僕。

 「お、そうかい。もっと褒めていいんだぞ」

 「え、褒めたつもりは・・・」

 「なんだとぉ。バカにしてたのか」

 「そういうところがピュアなんですよ」

 「富岡ぁ~川井がいじめるー」

 「俺は先生の味方です。こういう生徒に舐められているところも先生のいいところだと思います」

 「太田ぁ~富岡が辛辣だー」

 「生徒との距離が近いってことですよ。いいことです」

 「そうか。なるほど。生徒と距離が近いがゆえに・・・っておい!結局バカにされてるじゃないか」

 「ピュアだね」

 「だな」

 「うう」

 「で、話を戻すんですけど。高校の頃は今よりピュアだったと」

 「もはやピュア=バカみたいになってるじゃないか。失礼なやつらだ。私もそんなにピュアではなかったよ。いつも声優と結婚するにはどうすればいいか考えていたくらいだ」

 「「バカじゃん」」と太田と僕がハモる。

 「痛々しいですね」とさすがの富岡も擁護できない。

 「君ら私に厳しくない?若さってこういうことだろ?!」ちょっと先生が可哀そうになった。

 「あ、そういえば先生はなんで教師になろうと思ったんですか?」と太田が話題を変えるように言った。

「それすごい気になりますね」と富岡が興味津々といった感じで聞いた。

 「あーそれ聞いちゃう?聞いちゃう?」さっきまでの流れなどなかったかのようの調子がちょっとうざかったので。

 「あ、別に話したくないならいいですよ」とそっけなく言うと。

 「ちょっとぉ。かっこいい大人っぽいこと言おうと構えてたのにぃ。つれないじゃないか」と慌てる先生。富岡はこういうところがいいというのかもしれない。

 「はいはい。わかりました。では聞きますよ。なんで教師を志したんですか?」

 「それは高校三年生の進路相談の時だったよ」

 回想。

 「伊出さんは進路どうするか考えてますか?」

 「進路・・・?」

 「なりたい職業とか、やりたいこととか。進学なのか就職なのか」

 「んーそうですねぇ・・・」

 「成績的には進学というのも」

 「なりたいものですよね。ありますあります」

 「それは何かな?」

 「声優と結婚です」

 「・・・この時期の子たちって結構深刻に悩んだりするから心配してたけど、あなたはいつも通りで安心したわ」

 回想終了。

 「って褒められたんだよ」

 「いや、それ絶対褒めてないですから」と僕。

 「というか、その話からどうやって教師に・・・?」

 「声優志望の学生と仲良くなればそこから声優と知り合えるかもしれない。学校は三年でリセットがかかるから。それに高校生の頃に知り合っておけば大成したときに自慢できるだろ」

 「考えが甘い上にヨコシマ」

 「自分が声優になればいのでは?」

 「私に演技とか無理だしな」

 「あーそれは納得」

 「かちん。なんか腑に落ちないんだけどぉ」

 「先生は愛されマスコットキャラ的な位置づけなんで」

 「なんだ褒めているのなら最初からそう言いたまえ」

 「ちょろいな」

 「ちょろいね」

 結局、先生の話は一ミリも役に立たなかった。


●了

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