ゆ~じゅあるでいず

白Ⅱ

第1話「青春案件」

 放課後。

 掃除の終わった教室には人が少ない。僕は同じクラスの太田紘(おおた ひろ)とみんなを待っていた。

 「長村ってさー」と太田は何でもないような風で言って続けた。

 「なんか壁感じる時あるよなー」ああ、と僕は思う。

 「確かにそういうとこあるかもね」と同意。長村夏輝(ながむら なつき)は明るくて、元気のいいムードメーカーで誰とでもすぐ仲良くなれる印象がある。しかし、時々それがわざとらしいと感じることもある。まぁ、そういう真面目な話はしないけれど。

 「川井もそう思うよなー。なんだろうなーこうー秘密主義的な?悪いとは言わないけどさーなんかなー」太田は普段はボンヤリとしたやつでマイペースだけど意外と人をよく見ていて、結構鋭いことを言う。

 「でもま、秘密の一つ二つ誰だってあるでしょ。それにまだ僕たちは会ってから半年くらいしか経ってないしさ」僕だって秘密の一つや二つくらいある。他人に言わない秘密があることがそんなに悪いことだとは思わない。それに秘密を分け合うほど僕らが親密だとは思えない。まだ半年なのだ。

 「高校生の半年は三十代の十年に匹敵するのだよ」と声。見ればそこにいたのは伊出先生だった。女性としては背が高くスラっとしているのがかっこいい感じで長い黒髪に整った顔はしゃべらなければ完璧なのにといつも思わせる。フルネームは伊出雪花(いで せっか)という。僕のクラスの担任で担当は数学。普段の言動がアレなのに論理的な思考がどうとかいうのでギャップが凄い。生徒との距離は近い方で「友達感覚でしゃべれる大人」として人気がある。特に僕らと話すことが多い。というかこの人ホントに僕らのことを「友達」と思ってるのかもしれない。放課後にいつも教室で駄弁っているとたまに混ざってくる。

 「それは実体験?」と太田が地雷を踏む。

 「ちがわい。私はまだ二十代だ。一般論。一般論だ」伊出先生はやたらと二十代を強調する。気にしてるならかえって目立つような気がするといつも思う。

 「そんな一般論聞いたことないですけど」と僕が聞くと。

 「おじいちゃんがよく遠くを眺めながら言ってたぞ。お前らの家ではそういう気まずい瞬間なかったん?」

 「一応気まずくはあるんだ」

 「ないっすよ。うちの爺ちゃんたちは生涯青春を掲げてるんで」

 「それはいいな」と伊出先生はうなずいた。

 「てか、壁なんて誰にでもあると思うけど」と僕が話を戻す。

 「俺はないよ。オープンだよ。秘密とか無いよー心はいつだって真っ裸だ」と堂々とした太田。やっぱりこいつは本当のバカなのかもしれない。

 「心の露出狂」と伊出先生。

 「「すごい単語出てきた」」ツッコミがハモる。

 「まぁ、太田は確かにそこまで頭廻らなそうだしね」と僕。

 「なんだとこのやろー。だったら俺にだって秘密の一つや二つくらいあるぞ」

 「急ごしらえな謎だなぁ。例えばなに?」

 「え、ほら。あれだ。えー小2までおねしょしてたとか?」

 「大した謎じゃないし知りたくもない話だった。てか、謎話しちゃうんだ」

 「は、そうだった。謎は謎じゃないとミステリアスにならない」

 「ほらやっぱり頭悪い」

 「なんだとー」

 「てか、謎は誰でもあると言ったけど、前言撤回。反証があったし」

 「なんだよその納得の仕方はーなんかムカつくなーその納得するの」

 「いや、秘密のないのもいいものかもしれないよ」

 「それフォローになってないだろ」

 「あはは。やっぱり君たち面白いね」と伊出先生。

 「ひどくないすかー」

 「いや。ごめんごめん。お、とそろそろ時間だわ。んじゃ私はここらへんでドロンするよ」

 「また、古い言葉を。年バレますよ」

 「これはあえて死語を使ってるだけだからな!」と言って伊出先生は去って行った。

 「毎回思うんだけど。伊出先生って暇なのかなー」

 「いや、学校の先生は忙しいでしょ。たぶん」

 「だよなー」

 「単に僕たちと馬が合うんじゃないかな?」

 「確かに。話の呼吸とか合うな」

 「ところで今日は誰来るの?」

 「んーラインの既読は全員ついてるよ」

 「まーそのうちだれか来るか」

 そんな会話をしていると。

 「おす」と富岡。富岡義武(とみおか よしたけ)は選択授業で知り合った。よく昼ご飯を食べる友人だ。テンション高めで基本ボケ役。面白そうなことが好きでそういう話にはすぐ乗る。考えなしともいう。

 「ようっす」と返す。

 「みんなはまだ?」とあたりを見渡しながら富岡。

 「だねー」と太田が返す。

 「さっきまで先生居たんだけどね」

 「まじか。あの人暇なのかなー」と富岡は口では言うけれど、残念そうだ。彼は毎度毎度「伊出雪花ファンクラブ」の会員一号を名乗っている。

 「あはは」

 「なんだ?」

 「いや、今その話してたところだからさ」

 「なる。で、結論は?」

 「僕たちと話すのが楽しいのでは?」

 「そりゃ楽しくないことをわざわざしないだろ」

 「生徒とコミュニケーションとっているというよりも友達感覚に近い気はするよね?」

 「確かに。容姿端麗、頭脳明晰でコミュ力も高くて・・・ホントいいよなー」

 「僕たちとお喋りすることで若さを保っていると思い込みたいのかもしれないね」

 「やたら二十代を強調するしね」

 「そりゃひどい解釈だよ」と富岡がフォローに入る。と、ケータイが震える。見るとラインが来ていた。

 「長村からだ」

 「なんて?」

 「もしかして、今日も集まってる?だって」

 「集まってるよー」と送る。

 「来週から中間って知ってる?」と返信。

 「ああーーー聞こえないー見ないいい」と富岡。

 「現実がやってくるぅうう」富岡のノリに合わせて太田が言う。

 「やっぱり居た」と菱谷があきれ顔で僕らを見つけた。菱谷真琴(ひしや まこと)はいつものメンバーの一人で女性陣のまとめ役。僕らの中ではいろいろと決断したり仕切ったりするリーダーみたいな存在だ。真面目でルールを大事にするが、だからと言ってお堅いわけではなく、程々に破目を外す。個人的に息の抜き方がうまいなーと思っている。

 「お、菱谷。君も現実から逃げてきたのか」と同志の欲しい富岡は言う。

 「いや、私は君らを現実に覚まさせようと思って」

 「いやだー俺はまだ夢の中にいるんだー」と駄々をこねる富岡。

 「はいはい。みんな帰るよ」それをスルーの菱谷さん。

 「えーみんなで無為な放課後過ごそうよ」粘る富岡にとどめの一言。

 「はぁー夏輝がみんなで試験勉強しようって提案してるんだけど」菱谷さんの言葉に富岡はさっきまでの態度を一変させ。

 「放課後に試験勉強をみんなでする。青春案件だ!」と急に乗り気になる。アップダウンの激しいやつである。

 「くう。逆らえない魅力的な提案」と太田も納得のようだ。二人の了承を見た菱谷さんは僕に視線を向ける。僕はうなずく。

 「じゃ、行くよ」と話が速いが。

 「どこに?」と僕。みんなカバンを持っていつでも出れる状態。菱谷さんはスマホを見た。

 「夏輝からだ。駅前のファミレスに集合だってさ」

 「そんなに俺らに会いたいのかーそれなら仕方ないな!」と太田が立ち上がった。

 「あんたの頭の中はどうなってるんだ」と菱谷さんが冷ややかに言った。

 ともあれ僕らは席を立ち歩き出した。

 まぁ、いつも通りだなぁ、と思いながら僕は歩く。

 こんな毎日が僕は気に入っている。


●了

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