第6話 嘘の告白 鹿山知恵編その2

次の日にて


鹿山は相も変わらず、澄ました表情で登校していた。

それとは対照的に、宮本さんは俯いたままで、見ているこっちまで辛くなってくる。

その様子を目の当たりにした俺は、決意を更に固めた。

すぐに冷静ではいられないようにしてやる。

とはいえ計画を実行するには、ある程度の下準備が必要だ。

昼休みを迎えて仲のいい知人と共に弁当を頬張っている最中、俺は全身の気力を抜いて頬を緩めた。

そうしていると果物の甘い匂いに誘き寄せられた昆虫みたいに、公一は水筒の中身を飲みながら訊ねてくる。


「なんか優吾、嬉しそうだな。いいことでもあったか?」

「なぁなぁ公一、聞いてくれよ。実は昨日、鹿山に告白されちゃってさぁ」

「何ィッ! 鹿山さんにコクられただとぉ! 優吾も隅に置けねぇなぁ、おい」


俺の思惑通り、公一は鹿山どころかクラス全体に聞こえるほどの大声で叫んでくれた。

勿論、告白されたのは口からでまかせだ。

しかし二人きりで話した内容など、他人は知る由もない。

ということは俺が嘘をつこうが、二人以外の誰にも分からないのだ。

後は勝手に俺たちを囃し立てて、からかうだろう。

直接的な暴力ではないやり方で、鹿山の自尊心を傷つけられるならば、それがベスト。

そういう意味では俺の考えうる限りの、最高の復讐だった。

鹿山はでっち上げた嘘が相当勘に障ったのか、顔を真っ赤にしている。

そうさ。

俺はその余裕がなくなった表情が見たかったのさ。

平静を保てなくなった鹿山を見て、心の中でほくそ笑む。


「ちょっとどういうつもり! アンタと付き合うなんて口にしたつもりもないわよ」

「でも昨日、鹿山さんが屋上に登っていくの見た人がいるらしいけど」

「二人って同じ中学出身なんだよな。もしかして鹿山、その頃から田島が好きだったんじゃねぇの?」

「ツンデレってやつじゃな~い? 可愛いところあるね~」


自分が利用しようと目論んでいたクラスメイトを逆に利用され、さぞ困惑していることだろう

鹿山は必死に反論するも、無数の軽口の前に掻き消されていた。

心の中でナイスと親指を立てて、俺はみんなを誉めた。

お前が慌てて否定すればするほど、周囲は真実だと思い込む。

怒れば怒るほど、周囲は仲がいいと茶化す。

強がれば強がるほど、好きすぎて素直になれないのだと好意的に解釈する。

人が人を愛する気持ちを冒涜した女には、おあつらえ向きの罰だ。

この女と恋人扱いされるのは不愉快だが、罰を与えられるなら安いものだろう。

しかし俺とて悪魔ではない。

宮本さんに許しを得たのなら、外野の俺が首を突っ込むのはよそうと。

万に一つ、鹿山はこれから心を入れ替えるかもしれない。

そのためにも付き合う、付き合わないの答えを、曖昧にしておく必要があった。


「どうすんだよ、優吾。OKすんのかぁ?!」

「えー、どうするかなぁ……」


クラス中に知れ渡ってしまうのは、流石に計算外で良心が咎めた。

たとえ嘘だとしてもプライドの高そうな鹿山に、笑い者になる屈辱は耐え難いはずだ。

傷を負わせられれば十分だと考えていたが、あまりやりすぎると面倒だ。

いつでもなかったことにできるよう、はっきりとした物言いはしなかった。


「アンタ、ちょっと来なさいよ」


鹿山はそういうと、制服の裾を掴んで俺を引き摺る。

馬鹿め。

公(おおやけ)の場で否定すれば、自分の首を絞めるだけだというのに。

俺は軽率な行動を嘲笑いつつ、なすがままにされていた。

屋上まで連れてこられると、鹿山は被っていた化けの皮を剥がして、本性を露にする。


「ふざけんじゃないわよ! すぐに撤回しなさいよ!」

「ヘッ、良い薬になったろ。あの程度で済むと思うな。これからもっと、みんなのイジリは激しくなるぜ。素直になれよ鹿山。今の内なら、大事にはならねぇって」


謝るのならば今の内だと、脅しをかける。

もし従わないのなら、四六時中鹿山に付きまとうつもりだった。

思春期の男女が一緒にいれば、勝手に周りは勘違いする。

もし意中の相手がいるのなら、その男も離れていきかねない。

この嘘には、鹿山へのメリットなど何一つない。

人はすぐに飽きるものだ。

他人の色恋沙汰に、いつまでも熱中できるような人間は数少ないのだ。

意地を張らずに、とっととこの話を終わらせて、そして風化するのを待つ。

最も賢い選択だ。

損得を勘案すれば、万人がその結論に辿り着く。


「もしかしてアンタ、私のこと好きなんじゃないの? でも残念。アンタみたいなやつ、全然タイプじゃないから」

「ハッ、誰がお前みたいな性悪に惚れるもんか。いい加減宮本さんに謝れよ。さもないと……」

「アンタにされたところで、痛くも痒くもないから。勝手にやってれば?」


俺たちが互いに睨みつけあうと、火花を散らした。

どこまでも自分の非を認める気はないらしい。

ならばこちらも、情けはいらない。

大人たちはやり返すのはダメだという綺麗事を、耳にタコができるほど繰り返す。

だが、俺はそうは思わない。

罰は相応の痛みがなければ、無意味だ。

手酷い目にあわないと、どこまでも増長してつけあがる。

教師には期待できない以上、俺がやるしかないのだ。

眉間に深々と皺の刻まれた鹿山に対して、俺は怒りと軽蔑を込めた視線を送るのだった。

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