悪女 鹿山知恵編
第5話 悪意には悪意を 鹿山知恵編その1
翌日、俺は鹿山を屋上に呼び出した。
宮本さんに訊ねる選択肢もなくはなかったが、疎遠になっていったせいで、それは難しい。
だからこそ、当人に訊ねるのが手っ取り早いと考えた。
しかし、あいつのことだ。
延々と、しらばっくれてもおかしくない。
それでも直接聞きださねば、腹の虫が収まりそうになかった。
心の奥底で燻っていた憤りや憎しみ、その全てをぶつけないことには。
「こんなところに呼び出して何のつもり? やだ、怖いなぁ」
「……」
屋上に訪れた鹿山は、媚びるみたいな猫なで声を発した。
その様は、まるであの件について言及はしないでほしいと要求するみたいだった。
だが腹の底では、舌を出してこちらを見下しているのだ。
そんな女に、何故譲歩しなければならないのか。
憎悪を滾らせていた俺は動じることなく、毅然とした態度で問い質す。
「鹿山、聞きたいことがある。お前、宮本さんに告白を強要したのか?」
「何だ、そんなこと? そうよ、私があの子に指示したの」
「誤魔化すかと思ったが、案外すんなり吐いたな」
俺の予想に反して、二つ返事で罪を認める。
自分の立場が悪くなりはしないと、判断した上での立ち回りに違いない。
もしかしたら一人でのこのこ現れたのも、先を見越しての行動なのだろうか。
蜘蛛の網の如く策謀を巡らせて俺が罠にかかるのを、今か今かと待ち構えているのかもしれない。
だが、そんなものはどうでもよかった。
脳内物質が分泌された痛みも恐れも知らぬ勇敢な戦士のように、無鉄砲に突っ走っていた。
「なんで、嫌がらせをさせやがったんだ」
「あの子の背中を押しただけよ。友達として当然でしょ?」
「じゃあ、なんで彼女は俺を遠ざけるようになったんだ! それだと、お前が俺を馬鹿にした理由がつかねぇぞ!」
仮に彼女が真っ当に告白したのなら返事もしていない相手から、あそこまで露骨に遠ざかるだろうか。
むしろ何かしらのアクションを起こしてくれるのを、待つのが普通ではないか。
付き合うのを了承するか断るかは個人と個人の問題だ。
だが告白されたこと自体を嫌悪する人物は、そうはいないだろう。
それに告白した相手を侮辱するのは、友達に対しても失礼に当たる。
とても友人の好意を持つ人間に、取る態度ではない。
俺は鹿山の発言の矛盾を指摘した。
「さぁ、引け目でも感じたんでしょ? 馬鹿にしたのは、アンタが本当にあの子から告白されるとは思わなかったからよ」
「とぼけやがって……! 宮本さんが、自発的にんなことする訳ねぇだろ!」
「はいはい、用件はそれだけ? なら帰るわ」
言い訳と逃げ道を考えた上で、鹿山は小賢しく居直った。
俺が激昂すると、冷淡に吐き捨ててから踵を返して、目の前から立ち去ろうとする。
この時俺は、論理が破綻していると訴えたとしても、どんなに言葉を尽くしても無駄だと悟った。
こうなると話し合いでの解決が望めない。
いや、そもそも話し合いの場に上がる気すらないのか。
怒りを露にすれば、思う壺だ。
その次は周囲を味方につけて、数の暴力で屈服させる腹積もりなのだ。
打つ手立てはないのかと、背中を向ける鹿山を眺めていると、ふと宮本さんの姿が頭を過った。
申し訳ないと言わんばかりに首を垂れて目も合わせてすらくれない、罪悪感に押し潰されそうな彼女との元の生活を、望んでいたのではなかったか。
絶対に忘れてはいけないのだ。
あの子の覚えた苦しみを、悔しさを。
胸に秘めた誓いを思い出すと、俺は鹿山に駆け寄っていた。
「待てよ、鹿山! お前にそんなことさせられた宮本さんの気持ちはどうなるんだ、答えろよ!」
心からの叫びが、言葉となっていた。
肩に手を掛けた指は獲物を捕らえたワシの鉤爪みたいに、しっかり鹿山の柔肌に食い込んだ。
幸いなことに、今は二人きり。
泣き叫んだところで、助けなどきはしない。
この女から反省の言葉を聞かない限り、この手を離すものか。
だんまりを決め込む鹿山に対して更に指の力を加えると、こいつはゆっくり振り返った。
「彼女の気持ち? そんなのどうだっていいわよ。私さえよければ」
そういうと鹿山は口角の片側だけを吊り上げて、俺を鼻で笑う。
どんなに友情が大事と公言しようが、結局は自分が一番大事だというのなら否定はできない。
だがそれは悪びれもせず、自分以外の存在を傷つけていい理由にはならないのだ。
「鹿山、お前なぁ! 自分が大事だからって、それは人を苛めていいことにはならねぇぞ! 俺はお前を許さないからな!」
「時間を無駄にしたわね。下らないからもういくわ」
緩まった手を振り払うと、鹿山は屋上から去っていった。
あくまで穏便に済ませようとしたが、それは甘い考えだと先のやりとりで理解する。
俺は勘違いしていたのだ。
どれだけ反省や謝罪を促しても改心できない、改心しようともしない邪悪な人間がいることを。
ならば容赦はしない。
自分なりのやり方で、あの女に恥をかかせてやる。
宮本さんが味わった辛苦を、そっくりそのまま返してやる。
目には目を、歯には歯を、悪意に悪意を。
泣こうが喚こうが慈悲など必要ない。
彼女に許しを乞い、許してもらうまでは、謝罪とは呼べないのだから。
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