第7話 一筋の光 宮本早紀編その3

休み時間と昼休みを使って、俺は片っ端から、クラスの女子生徒に声を掛けていた。

といっても、決して女漁りをしていたのではない。

宮本さんの住所を知っている子がいないか、確認して回っていたのだ。

俺は馬鹿だから、自分から働きかけるくらいしか方法を知らなかった。

そうこうしていると努力の甲斐あってか、彼女の自宅に訪れたことがある女子の名を教えてもらえた。

縁の大きい眼鏡を掛けた冨山さん。

極度の近眼なのか、常に眉をひそめている子だ。

愛想もあまりよくなくて、挨拶くらいしかしたことはない。

偶然にも彼女と宮本さんの自宅は近いようで、一度だけ一緒に帰ったことがあるらしい。

ちょっと苦手意識があったけれど、他に住所を知る人間がいない以上、彼女に聞く選択肢しか残されていなかった。


「こんにちは冨山さん、宮本さんの家に俺のノート届けたいんだ。授業に遅れたら可哀想だからさ。だから彼女の家、教えてくれないかな?」

「私の家から、そんなにかからないから大丈夫だけど」

「冨山さんだって面倒くさいでしょ、届けるの。俺がやるからいいよ」

「……別に平気だよ。なんでそんなに必死なの?」


唐突に面識もない男子から訊ねられた彼女は、怪訝に眉をひそめている。

美術品の真贋(しんがん)を見極めんとする鑑定士の如き鋭い瞳に見つめられ、思わずたじろいでしまう。

荷物を届けるという名目が欲しいだけで、宮本さんと会話をするのが目的なのを見透かすかのようで、居心地が悪かった。

当然の反応だが、やましい企みがあるのかと疑われるのは、グサリとくるものがある。

事情を話して、本当の目的を伝えるべきなのでは。

何が起こったかを説明するため、脳味噌で整理していると


「おいっーす、田島。何やってんだ」

「平川さん。田島君が宮本さんの家を教えてってしつこいの」


彼女の一言に、嫌な汗が全身を伝った。

姉御肌の彼女のことだ。

しつこくつきまとう俺を、無理やり引き剥がしてもおかしくはない。

だけどこの機会を失ってしまったら、もう次はない。

逃げ出したい気持ちを堪えて、何とか二本の脚で地面を踏み締める。


「あー、そういうことか。実は田島ってさぁ……」

「うんうん。あっ、そうなんだ……」


耳打ちすると


「そういうことならいいけど……私もついていくよ」

「な、何を言ったんだ?」

「べーつーにー?」


さっきの反応が嘘みたいに、冨山さんは了承する。

平川さんの返答から察するに、ろくでもないことを吹き込んだに違いない。

だが何はともあれ、協力してくれるのはありがたかった。


「ありがとう、冨山さん平川さん。ほんと助かるよ」

「やめろよ、感謝とか。気持ち悪いなぁ」


俺は手を合わせて、仏像を拝むみたいに、感謝の意を示す。

照れ隠しの気持ち悪いは、口だけの親切より何十倍も暖かかった。




彼女の自宅にて




玄関のチャイムを押すと、宮本さんの母親が出迎えてくれた。

年相応に皺が刻まれているものの切れ長の瞳は瓜二つだ。


「クラスメイトの冨山です。ノートを渡しにきました」

「あら、いらっしゃい。その男の子も、未来のお友達?」

「はい、隣の席の田島です。宮本さんには迷惑ばかりかけてます」

「あぁ、貴方が田島君ね。娘がいつも君の話ばかりするから、どんな子か気になってたの」


彼女が俺の話などするのか。

お母さんから詳しく伺いたかったが、間髪入れずに言葉を続ける。


「様子はどうですか?」

「風邪って訳でもなさそうだし、嫌なことでもあったのかしらね」

「宮本さんと話にいっても、よろしいでしょうか」

「えぇ、どうぞ」


学校でされた嫌がらせをどのようなものか、まだ語ってはいないようだ。

促されるままに急な階段を昇って二階に上がると、早紀と書かれた木の札が吊るされた一室が視界に映る。

重く閉ざされた木の扉は、今の彼女の心そのものだった。


「宮本さん。ノート、よかったら読んでね」

「……なんでいるの、田島くん。貴方とは会いたくないの! もう出ていってよ!」


彼女の名を呼ぶと、興奮ぎみに俺を拒絶する。

扉越しからは荒い息遣いが聞こえてきて、姿形こそ見えないが葛藤しているのが、ひしひしと伝わってきた。


「田島君が心配してくれてるのに、そんな言い方って……」

「冨山さん、怒らないで。すぐ出ていくから」


冨山さんが怒りをぶちまけようとしたのを、俺は制する。

俺は初めからこの日に全てを賭けるつもりはなく、長い時間をかけて解決する算段だった。


「本当にそれでいいの? ノート渡しただけで帰るなんて……」

「いいんだ。話したくなったら、どんな形でもいいから伝えてね。絶対に返事するから」

「……もういなくなってよ! 私には田島君と会う資格なんてないの!」

「宮本さん、荒れてるね。私も心配だし、また来るよ」


階段を降りていくと、金魚の糞みたいに冨山さんは後をついてきた。

誰しも学校では、仮面をつけて生活している。

沈んだところや、情けない自分なんて誰にも見られたくないものだ。

馬鹿にされたり、弱みにつけこまれるなんて嫌だから。

彼女とて、それは例外ではなかった。

唯一の居場所であろう家庭でまで、追い詰めるような真似をするのは気が引ける。

用を済ませて帰る旨を伝えると、お母さんはわざわざ玄関まで見送りしてくれた。


「気の弱い娘だけど、仲良くしてあげてね」

「宮本さんが孤立しないように、頑張ります」


頭を下げて、扉を閉めた。


「俺がしっかりしないと。でないと彼女に負担になっちゃうしな」

「さっきはごめん。事情は分からないけど、あの子を大事にしてるのは分かったからさ」

「俺の方こそ誤解してた。冨山さんも、すごいいい子じゃん」

「おだてても何もでないって。また明日ね」


俺は冨山さんに手を振り返すと、帰路についた。

確かに彼女の言う通り、何もできていない。

もう少し踏み込んでもよかったのかもと、今頃になって反省してしまう。

だが、何の収穫も得られなかったとは思わなかった。

俺には相談に乗ってくれる平川さんが、新たに増えた。

学校に登校できるようになれば、富山さんも彼女の力になってくれるだろう。

顕然たる二つの事実があったからこそ、不思議と悲壮感に囚われることはなかったのだ。

彼女が望むなら鹿山たちではない、新しい友達だってできる。

俺も宮本さんも、みっともなく周りに頼ったって、自分にできることをすればいい。

一寸先も見えない暗闇の中で一筋の希望を見いだした、そんな一日だった。

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