第6話 伝えたい思い 宮本早紀編その2
翌日、宮本さんは学校に登校してこなかった。
原因がはっきりしているから、それ自体に俺は驚きはない。
それよりも、鹿山が彼女を気にもしていないことに、無性に腹が立った。
あいつさえいなければ、今でも彼女と俺の隣に座っていたのに。
彼女に好き放題しておいて、何故こいつはのうのうとやってきているのか。
理不尽な現実を目の前にした俺の怒りは、頂点に達していた。
鹿山へのドス黒い感情が、今にも溢れだしそうだった。
「おい、お前よ」
「うちら、アンタになんかやったっけ」
堪えきれず、俺は鹿山に突っ掛かる。
すると近くにいたギャルの群れの中でも、一際目立つ平川綾野(ひらかわ・あやの)が目を細めていた。
喧嘩を売ってくるなら、男でも容赦はしない。
彼女の三白眼は、そう主張するかのように、こちらに向けられている。
肩辺りまで伸びた髪は、毛が所々跳ね返っていて、身だしなみにはあまり気を遣っていないのが見て取れた。
ブレザーのボタンを外し、制服を着崩しているが、先生から注意されたのを見たことがない。
きっと彼女が怖いのだろう。
勘違いとはいえ、いきなり怒鳴られれば動揺もするか。
俺は平川さんに一謝りすると、鹿山ににじり寄っていった。
「鹿山。お前、あの子に何したんだ?」
「急にどうしたのよ、機嫌でも悪いの。でも私に八つ当たらないでね」
鹿山は蔑むような視線で言った。
人をおちょくって馬鹿にするのを楽しんでいるのか、口許には薄ら笑いを浮かべている。
中学までは違う教室だったから、俺は知らなかったのだ。
鹿山の、自分がクラスのカースト上位でありたいという欲望を。
その為なら友達の子を利用するのも厭わない、悪魔の一面を。
宮本さんの不運は、この女に目をつけられたことだろう。
睨みつけられていると、物怖じしてしまいそうだ。
だが断じて許す気はないと確固たる意志を込めて、俺は睨み返した。
「とぼけんじゃねぇよ! このっ……この野郎ッ! ふざけやがってよぉ!」
「やめろ、優吾!」
「どうしたんだよ、田島」
苛立ちのあまり、上手く言葉が出てこない。
鹿山が俺を悪者にしたい意図は、見え透いている。
でも、それは自分にも都合がよかった。
二人きりで話していたら、それこそ加減できそうになかったから。
「うわぁ、怖いね田島って。何しでかすか分からないね~」
鹿山はクラスメイトにも聞こえるように、大声で言いふらした。
奇異なものでも眺めるみたいに、無数の瞳が突き刺さる。
時折こそこそと話し始めだした生徒の
「絡まれて可哀想」
「いきなりキレたな、田島のやつ。近づかない方がいいか」
と、こいつに賛同したり、同情するような声が聞こえてきた。
でも鹿山が周りを味方につけようとすればするほど、怒りの感情だけが増大していった。
自分一人では人一人からかうこともできない卑怯な女。
周りを利用することしかできない惨めな女。
そんな女より、自分の方が正しいに決まっている。
その自負心だけが、俺を突き動かす原動力だった。
「優吾、お前おかしいぞ! どうしちゃったんだよ」
「おかしいのは、その女だよ! テメェ、しらばっくれるのも、いい加減にしろよ!」
「何かあったのかよ、一人で抱え込むなよ!」
誰も分かってくれるはずがないと意地を張っていたのか、俺は口をつぐんだ。
無言のまま立ち尽くしていると、突如首根っこを掴まれて、何者かに引きずられた。
「まぁまぁ、こっちでアタシと駄弁ろうね~」
「離せよ、離せって!」
必死な抵抗もむなしく、教室の外に追い出される。
「何するんだ」
そう言ったと同時に、俺は窓に叩きつけられていた。
「何するんだ、じゃないでしょ。急にどうしたの。田島って、そんなキャラだったっけ?」
「平川さんには関係ないだろ。ほっといてくれよ」
「せっかく人が親切にしてやってんのに。あんなことやったら、居場所なくなっちゃうよ」
自分たちには無関係な第三者だからこその意見だろうか。
見た目に似合わず、彼女は冷静に諭してくれた。
そんなキャラじゃないという台詞を、そっくりそのまま返したい気分だった。
「……頭に血が昇ってたのは謝るよ。でもあいつは……」
「あの子によっぽど酷いことされたん? お姉さんにいってみ」
「俺じゃない。友達がだ。憶測でしかないけど、嫌がらせを強要させられたんだと思う」
「ふ~ん、結構いいとこあるじゃん」
平川さんとは、ほぼ初対面だ。
なのに気さくで気取らない彼女は、閉ざされた俺の心に遠慮もせず入り込んでくる。
「……傷つけた相手に、どう償えばいいんだろうな」
「さーね。からかった人に許してもらえるまで、謝るしかないんじゃね?」
「俺は許してるよ。だけど遠ざけられて、それを伝える機会もないんだ。異性だから勝手も分からなくて、どうすればいいかなって」
俺にとって、最大の壁だった。
いきなりこんなことを打ち明けられて、困惑していないか。
流石に荷が重かったかもしれない。
俺が頭を悩ませていたのも束の間、彼女は四則演算の問題を解くみたいに、ものの数秒で答えを出す。
「じゃあ、会いにいってあげればいいじゃん。どこのクラスの子なの」
「いや、今日は休んでるんだ。同じクラスだから、普段は割と喋るんだけどね」
「同じクラスの休んでる女子ィ? ハハーン、なるほどねぇ……」
平川さんが提示したのは、とてもシンプルな解決案だ。
わざわざ相談した意味を、疑ってしまうような。
だけど、結局それが一番効果があるように思えた。
メールでどんなに言葉を尽くしても、拒否されれば届かないのだ。
今は便利な時代で、人と関わりを持つには苦労しない。
―――だけどそれでも、直接でなければ、伝えられない気持ちがあるはずだから。
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