隣の席の女子 宮本早紀編

第5話 切り裂かれた友情 宮本早紀編その1

翌日


未来や公一、佐久間さんから元気を貰った俺は一晩悩んだ末、宮本さんとの問題を解決することにした。

なあなあにしていては、これから同じ教室で生活していくのは息苦しい。

軋轢を残したままでは、彼女と今までのように話せない。

だが一番の問題は、どうすればいいのかさえ手探り状態なことだ。

重い足取りで教室に向かうと、肝心の彼女は読書をしている。

ガヤガヤと騒がしい教室内で、彼女一人だけ浮いていて、何とも近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

人となりはある程度理解したのに、何故こうも感じ方が違うのだろう。

自分で自分に問い掛ける。

不幸中の幸いというのか、すぐに答えが出た。

彼女が変わったのではない。

俺の心の持ちようが変わったのだと。

自身の意識の変化に気づくと、幾分か胸の鼓動は落ち着いていく。


「ねぇ、宮本さん」


仲直りの切っ掛けなんて、どちらが先でもいい。

しかし宮本さんが俺から遠ざかろうとする以上、選択肢は限られている。

俺が意を決して話しかけると、彼女はそそくさと離れて、鹿山の元へ逃げていく。

女子たちのグループに目を向けると、口に手を当てて無様な俺を嘲笑していた。

馬鹿にされても不快なだけで、自分自身を惨めだとは思わなかった。

親しくもない連中から嫌われたところで、どうでもいい。

でもあいつらも彼女の友達だから、無下にはできないのが歯痒い。

あんなことをやられて傷ついていないとは、口が裂けても言えない。

舞い上がった気持ちがどん底まで落ちたのは、覆しようがない事実だ。

彼女がやったことは、一般的には許されない行為だろう。

でも彼女にも、立場というものがある。

友達からの要求を迂闊に拒めば、立場が悪くなる。

そういった事情を汲めないほど、幼稚ではないつもりだった。

誰だって自分と他人を天秤にかけたら、自分を取る。

他人を不快にさせたって、蹴落としたって、教室という名の地獄で生き延びることを選ぶ。

彼女の取った行動は、理解不能なものではない。

だからこそあんな連中のせいで、俺たちの仲が切り裂かれてしまったのが、ただただ悲しかった。


「ハァ……。ダメだな、話できそうにないや」  

「みっともないなぁ、優吾」

「何だよ、公一。いつもみたいに発情してるのか?」

「嫌がってるじゃねぇか。ダメだぜ、もっと人の機微に敏くならないとさ」

「お前がそれいうか、俺より鈍感じゃん。嫁さん泣いてるぞ~」

「だから加奈とは、ただの友達なの」

「余裕こいてると誰かに取られるぞ~。俺、佐久間さん狙っちゃおうかなぁ」

「ハハハ、あいつが誰かと付き合うとかないない」


投げ掛けてみても、公一はいつも通りだった。

家に行った時も、遊びに出かけた時も、暗い顔一つ見たことがない。

無理して明るく振る舞っているのではなくて、元々落ち込みにくい性格なのだろう。

いつも能天気なのは、ある意味安定感がある。

このクソが付くほどのポジティブさは、見習うべきなのかもしれない。

ごちゃごちゃ考えても、しょうがない。

どうにかして接点を作る、やることは単純だ。


「チエちゃん、トイレ行ってくるね」

「もうそろそろ休み時間終わるから、早めに帰らないとダメだよ~」


教室内に甲高い声が響くと、自然と注意がそちらに向いてしまう。

宮本さんはゆっくりと歩き出した。

この世が終わったかのような沈鬱な表情を浮かべて。


「……田島君、ごめんね」


すれ違いざまに、宮本さんは呟く。

その言葉で、俺の中の疑問は確信に変わった。

彼女は、人の心が分からない屑ではない。

人一倍繊細で、誰かの一言で左右される、そういう人間くさい人間なのだ。

手段を選んでいては、ずっとこのままで終わってしまう。

彼女はいつまでも、罪の意識を感じたままだ。

これでいいのか、これで……。

自分の無力さに、俺はを噛み締めた。

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