第8話 ダメダメな一日? 中野未来編その4

俺たちは電車に乗ってテラスモールと呼ばれる、市内では最大規模の商業施設に訪れていた。

週末なだけあって道路は渋滞していて、想像以上に混んでいる。

これだけ人がいると、デートを予定通りに進められるか不安に駆られたが


「歩きでよかったね」


と未来がフォローを入れてくれて、少しだけ肩の荷が下りた。

内部のテナントは、どこでもあるようなチェーン店ばかりだが、別にそれ自体に何の文句もない。

人間は目新しいものより、慣れたものに安心する生き物だ。

どこで食べても同じ味、同じ装いのチェーン店は、なんだかんだ嫌いではない。


「もう12時だねぇ」

「昼飯にしようか。ちょっと待つかもだけど」

「うん、そうしよっか」


俺たちが入ることにしたのは、店内の至るところに絵画が飾られている洋食店。

子ども用メニューの裏には、やたら難しい間違い探しがあっていい暇つぶしになる。

料理の値段が安いので、何度か友達と立ち寄ることもあった。

時間が時間だけに、店の外にはたくさんの人が並んでいた。

片手で数えられるくらいの丸椅子が置かれているが、家族連れや友達連れの客ばかりで、まるで足りない。

ウェイティングシートに記入された名前が呼ばれると、一つまた一つと席が空いた。


「未来、座れよ。俺は立ってるから」

「優吾はいいの?」

「バーカ、部活でしごかれてんだ。これくらい平気だっての」

「痩せ我慢してない? でもありがと」


金はない上に、芸能人と比べれば容姿もはるかに劣っている。

そんな俺にはできるのは、これくらいのものだ。


「そういえば昨日、洋服の準備してたらお姉ちゃんにからかわれちゃった」

「兄弟がいると、そういうのが鬱陶しく感じるの分かるわ。でも美晴さんは優しそうだけどな」


彼女の姉である美晴(みはる)さんの名前を出す。


「家族と他人とは扱いが違うものだよ。優吾の前だと、結構猫被ってるって」

「そういうもんか。姉妹なのに似てないから、血でも繋がってないのかと……」

「ハハハ、そうかもね~」


冗談に対しても、今日の彼女はどこかうわの空で、反応は芳しくなかった。

もしかすると女の子の日、だろうか。

男の自分には、その辛さなど知る由もない。

だが一人の友人として、好きな人として心配になる。

体調不良なら、無理して遊んでくれなくてもよかった。

彼女が苦しいのに、一人だけ楽しむことなんてできない。

大事なく健康でいてさえいてくれれば、また一緒に来れるのだからら。


「何か元気ないな。調子悪かったら、断ってくれてもよかったのに」

「あ、ごめん。そう見えちゃった?」

「俺の取り越し苦労ならよかった。体調が優れないなら、すぐ家まで送るからな」

「いつもより心配性だね。好感度稼ごうってのが見え見えだよ。ま、また来てあげてもいいけど」

「それだけ口が達者なら、大丈夫だな」


ただの杞憂ならいいのだが。

彼女の仕草に注視していると


「2名の田島様、田島様~」

「おっ、店員さんが呼んでるな」

「は~い」


出入り口で忙しなく動き回っていた店員さんが俺の苗字を呼ぶ。

窓際の席に案内された俺は、彼女にメニューを渡してから、もう一つのメニューに目を通す。


「俺はアーリオオーリオにしよう、未来はどうする?」

「私も同じのでいいかな」

「それだけで足りるのか。遠慮しないだっていいんだぞ。ドリンクバー頼むか?」

「うん、頼む。朝に食べたから昼は軽めでいいや」


そういうと未来は遠慮がちに微笑む。

口角が吊り上がっているだけで、目は笑っておらず、表情には固さが見られる。

持ってきたジュースの中身を、退屈そうにストローで掻きまわしていて


「早くデートが終わってくれないか」


との心の声が、聞こえてきそうだった。

裏表がなく誰にでも気さくに話しかける彼女は、女子からは勿論、男子からも人気がある。

でも浮いた話は、全くと言っていいほど聞かない。

デート自体が初めてなのではないだろうか。

そうだとしたら、知らず知らずに過度な期待させていたかもしれないと、俺は猛省していた。

いつも行くような場所に、新鮮味や特別さなどない。

その上昼時で人が多く、ゆっくり腹を休める時間も取れなさそうだ。

社会人にしたら安いレストランでも、貧乏な学生にとっては、数千円も大金なのである。

外食しただけでも小遣いなんて吹き飛んでしまうし、デートをした暁には、財布はすっからかんになるだろう。

そこまでの財力がある家庭でも身分でもない自分には、これが精一杯の贅沢だった。

でもせっかく誘ったのに、ケチケチして幻滅されるのは嫌だ。

財布の野口英世の枚数を気にしつつ、俺は彼女に尽くそうとした。


「本当に気なんて遣わないでいいからな」

「だから大丈夫だって。そんなだと私もやりづらいし、いつもみたいにしててよ」

「……なんかごめんな、しつこくてさ」

「別に謝るようなことじゃないじゃん。デンと構えてないと、好きな子から逃げられちゃうよ」


何だか申し訳なくなって謝ると、彼女は俺を励ました。

気心が知れた間柄なのに、俺たちは何故か気を遣いあっている。

ただ今日という日を楽しむ。

それだけのことで、訳のわからない数式を見た時みたいに頭が混乱していた。

事前にプランを立てていても、いざ好きな子を目の前にすると、上手く実行するのはなかなか難しいものがあった。

彼女が望むことを望む通りにやらないと、100点満点を取らないといけないと考えると、明るい気分にはとてもなれなかった。

どうすれば彼女の心を、射止めることができるのだろう。

足りない頭で考えていると、次々に悪感情が雪崩れこんでくる。

今がダメでも、次に挽回すればいいだけだ。

映画の最中なら、口数が少なくても問題あるまい。

何もしないで、映画の内容にムードを委ねればいいのだ。


「何時から上映するんだっけ」

「確か14時頃だよ。その前にチケット買いにいこうな。あとポップコーン分け合おうぜ」

「お菓子とかつまみながら見るの、映画館の醍醐味だよね~」

「しょっぱい味付けで美味いよな~」


デートの内容は、テストなら赤点ギリギリだ。

それでも他愛ない会話に付き合ってくれる未来のために、憂鬱な気持ちを吹き飛ばそうと尽力した。

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