第7話 デート? 中野未来編その3

春の月末にて 


デート当日。

彼女の家の近くの駅前で、11 時に未来と待ち合わせをしていた。

だが約束の時間から5分10分経っても、なかなか彼女は現れなかった

いつもは間に合わないにしても、きちっと電話やメールで教えてくれるので、尚更心配になる。

身内に不幸でもあったのだろうか。

すぐに彼女の家に向かうこともできたが、連絡したらうざがられそうで、確かめることはせず訪れるのを静かに待った。


「ごめ~ん、ちょっと時間かかっちゃった。待った?」

「い、いや、俺もさっき来たばっかりだから……。来ないから心配だったよ」

「あ、うっかり電話するの忘れちゃった。今度から気をつけるよ」


結局、約束の時間から数十分遅れて未来はやってきた。

彼女を、俺は言葉を失っていた。

それは遅刻したのに、あっけらかんとしていたからではない。

化粧もしていない野暮ったい少女という印象で、周りからの評価も概ね似たようなものだ。

だが今日の彼女は打って変わって、地味とは表現しがたい華々しさを放っていた。

にも関わらず、やたら派手な化粧も服装もしていない。

グレーのニットに、お嬢様学校の指定服になりそうな長めのスカート。

運動好きな快活な少女の、私服に気を使う繊細な部分が垣間見えて、どこか大人びていて映った。

眉毛は綺麗に整えられて、書道家の達筆な文字みたいに細い。

リップを塗った薄い唇は潤いに満ちて、とても柔らかそうだ。

元々の素材がいいのか、見た目に少し手を加えただけで、別人のようだ。

それこそ地味な色合いの幼虫が、鮮やかな蝶に生まれ変わるかのような劇的な変化に、俺は衝撃を受けた。


「へへ、今日はどこに連れてってくれるんだろ。楽しみ」

「あ、あんまり洒落たところには連れてってやれないけどな」

「分かってるよ~。私たち、まだ学生なんだから」


いつもと同じ口調で、特別気負っているわけでもなさそうだった。

俺が勝手に好意を持っているだけで、彼女にとってどうでもいい存在なのかもしれない。

悲観的な考えばかりが、脳裏を過る。

今はお互い楽しむことだけ意識しよう。

俺は頬を叩いて、なけなしの気合いを入れた。


「……ちょっと言うことあるでしょ。結構頑張って、慣れないおめかししてきたんだよ」

「俺が一番びっくりしてるよ。見違えたな、未来。すごく可愛いな」

「褒められた、褒められた。優吾が私に可愛いっていった~」


無邪気な笑顔を向けて復唱されると、相当恥ずかしい言葉を口走ったのではと我に返っていた。

からかったり、馬鹿にするような意図はなさそうだ。

心では、それを理解していた。

しかし胸は爆発するのではと思うほど、激しく脈打つ。

近寄られると動揺が悟られてしまいそうで、このままどこかに消えてしまいたかった。


「……ほ、ほんと普段とは大違いだよなぁ。学校では平安時代の美人って感じだったのに」

「うわ~、何か鼻につく言い方。帰っちゃおうかな~」


雰囲気に飲まれないようにするために、俺は茶化して誤魔化していた。

出掛ける前に誓った、格好つけたりしないで接してみようという気持ちは、どこかに吹き飛んでしまっていた。


「ごめん、俺が悪かったよ。出掛けた時くらい、口喧嘩は無しにしようぜ」

「口論してるの、周りの人に見られたらみっともないしね」

「そうだな。傍から見れば、痴話喧嘩にしか見えないかもだけど」

「ち、痴話喧嘩って……。私たち、そんなんじゃないし」


彼女の言う通り、付き合っているわけではない。

でも面と向かってそう言われると、まるで自分自身が邪険に扱われたように思えた。


「ねぇ、一つだけ聞いていいかな?」

「どうしたんだよ、改まって」


そわそわしながら、彼女は言う。

視線は、耳元で飛び回る蚊でも追いかけるように定まらない。

質問するのすら躊躇うような、恥ずかしい内容なのだろうか。

幸いまだ昼前で、時間はたっぷりある。

大まかな予定はあるけれど、余暇まで時間に支配されるのは息苦しい。

駄弁りながら、ゆっくり二人の時を過ごせばいい。


「別に怒ったりしないし、言えるまで待つよ」

「こ、これってさ。……デートなの?」


顔を林檎みたいに染めながら、未来は訊ねてきた。

はいと答えたら気があるのを、彼女にも自分にも認めることになる。

違うと言えたら、どんなに楽だったろう

けれどそれは、勇気を出して誘った過去の自分に対しても失礼だ。

今更恥ずかしがることはない。

彼女への好意を否定する自分自身という最大の敵を、俺は理性で屈服させた。


「おう、その気がなければ友達だって呼ぶし」

「……そっか~、そうなのか~。デートなのか~」


嬉しいのか、そうでないかはすぐに察しがついた。

別段面白くもないのに、身体を揺らして笑っていたから。

嫌いな相手にプライベートで会って、わざわざ媚びを売りたいだろうか。

俺ならそんなことはしたくないし、彼女だって同じはずだ。


「昼食の後は映画鑑賞しようぜ。アレ見たいって言ってたろ」

「流石優吾。私の好み、分かってるぅ~」

「危ないから、俺が車道側な」

「ちょっと格好つけてるなぁ、優吾」

「不満なのかよ。女子は丁重に扱うように姉ちゃんから教わったけど、未来はリードしないでいいか」

「私は女じゃないってこと?」

「だって未来、ジジくさいよ」

「訂正しなさいよ、まだピチピチのJKだっつの!」


デートらしからぬ軽口と悪口の応酬。

だが長い付き合いだから、本心から嫌悪を示しているわけではないのは分かっている。

無礼にならない範囲で好き放題言い合って馴れ合う、肩肘張らないこの関係は気楽だ。

それに背伸びしたらしたで、未来も緊張させてしまうに違いない。

このまま等身大の自分で、好きだと伝えよう。

青々と澄み渡る空を眺めていると、ありのままの本心が、自然と俺を後押ししてくれていた。

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