第6話 友達以上? 中野未来編その2
件名 未来へ
今日はありがとう。
この悩み、誰にも吐き出せなかったから聞いてもらってよかったよ。
その上、奢らせちゃって悪いと思ってる。
もし未来の都合が悪くなければ今月の日曜日、どこか遊びにいかないか?
借りはなるべく早く返さないと気が済まないから、忘れない内に返事頼む。
全額俺が出すから、お金のことは心配しないでいいよ。
「う~ん、これで大丈夫かなぁ」
彼女にどんなメールを送ろうか悩み、スマホと小一時間にらめっこしていた。
ほつれた糸を直すみたいに神経をすり減らしながらも、何とか文を書く作業を終えて肩の荷が下りる。
普段は軽口を叩き合う仲だが、礼儀はしっかりしておかないと、人と人との関係というのは長続きしないものだ。
文章に誤字脱字がないか、内容に問題がないか、隈なく目を通す。
短すぎず、長すぎず。
次の約束も、自然に取り付けている。
これなら大丈夫だと、いざ携帯の決定ボタンを押そうとすると、親指はそれを躊躇していた。
まるでロボットみたいに、自分の身体の動きが鈍くなって言うことを聞かない。
頭の中は、メールを受け取るであろう未来で一杯だった。
無難に遊びの誘いについて返すのだろうか。
ぶっきらぼうな物言いで嫌々っぽく、了承してくれるのだろうか。
急に芽生えたこの感情は、いったいなんだろう。
妙にあいつを意識してしまうことに、自分自身が一番戸惑っていた。
「うわぁあああぁ、ダメだ。送れねぇよぉ……」
虚空に叫ぶと、枕に顔をうずめる。
送り迎えをした時だって、嫌がってはいないようだった。
それどころか、誘ってほしそうな素振りをしていた。
それに男女の垣根を超えた仲は築けている。
もし友人としてやっていきたいなら、友情に亀裂が生じるような、強い拒否反応は示さないだろう。
でも断られたらどうしようか。
それが切っ掛けで、疎遠になってしまったら。
あんな嫌がらせをされたばかりだからか、不信感が勝っていたのだ。
彼女にまで裏切られたら立ち直れる気がしなくて、怖気づいていた。
幽霊の存在が現代で否定されるように、形のない友情というのも、無根拠に信じられなかった。
送ったら、何かしら返信がくるだろう。
そうなったら積み上げてきたものが、無駄だったと思い知らされそうで怖いのだ。
だけどこのままでは、ずっと感謝を伝えられない。
頭を抱えていると、無情にも時間だけが過ぎていくのだった。
「……どうしよう、どうしよう。ああああああっ……」
「うるさいわね、静かにしろっ!」
「お、お姉さま。何用でしょうか」
姉ちゃんは扉を蹴破って、部屋に入ってくる。
「何を唸ってんのよ、勉強に集中できないんだけど」
「姉ちゃんには関係ねぇし……。あっち行っててくれよ」
「どうせ恋愛についてでしょ。顔に出てるわよ」
女の勘というやつだろうか。
姉ちゃんは俺の心を読み当てる。
「何で分かるんだよ」
「あれ、本当にそうだったの? 簡単に誘導尋問に引っ掛かったわねぇ。ふふ」
俺の反応を見るや否や、侮蔑を込めた嘲笑を浮かべた。
姉ちゃんに話しても、きっとろくなことにならない。
気分が沈んでいて悪ふざけに構うだけの余裕などない俺には、顔を背けて無言の抵抗をするのが精一杯だった。
「馬鹿にして悪かったって。迷ってるなら勇気を振り絞って、遊びに誘ったりしてあげないとダメよ」
「本当は嫌われてるのかもって考えるとね。傷つくのも怖いし……」
「優吾。恋愛なんかしなくても生きていけるし、人格形成になんて何の影響も及ぼさないわ。でもね」
姉ちゃんはそう言いながらベッドに座ると、俺の方へと身体を向ける。
そして矢継ぎ早に、次の言葉を繰り出した。
「進学するなら忙しくなるし、部活とかと一緒で今しか楽しめないんだよ。どんな形に終わっても、きっと良い思い出になるって。頑張りなよ」
姉ちゃんは丸まった俺の背中を、埃を取るみたいに軽く叩いた。
作り笑いに慣れていないのか、唇の端は引きつっていたが、励まそうしてくれるのは伝わってくる。
「まともなアドバイスできるんだな、姉ちゃんも」
「それ、どういう意味よ」
「子どもの頃は、乱暴に扱われた記憶しかねーもん……」
「ふーん、お姉さまにそんな口を利くのね、優吾。またアレ、やられたいのかしら」
そういうと先ほどまでの穏和な表情を一変させて、姉ちゃんは俺の前髪を掴む。
「暴力反対、暴力反対! 母さんと父さんに言いつけるからな!」
「優等生の私とアンタ、どっちを信用するでしょうねぇ。ククク……」
「ううう、勘弁してくれよぉ……」
「うるさいから黙ってなさい。さもないと暴力をお見舞いするからね」
俺をいじめて満足すると、姉ちゃんは部屋から出ていく。
物静かになった自室に取り残されてしばらく経った後、初めてあの一言が胸に響いた。
「部活も恋愛も、今しか楽しめない」
二年後、三年後のことなんて考えもしなかったけど、言われてみればその通りだ。
高校を卒業して離れ離れになってしまうし、一生後悔するに決まっている。
それくらいなら彼女が綺麗な思い出になってしまっても、友情が壊れたとしても、この気持ちを届けようと胸に誓ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます