第3話 嘲り 共通ルートその3

翌日 明正高校1‐Aにて


元々集中力が長続きするような人間ではないことは、受験勉強をした時から知っている。

しかしその日は特別、勉強が身に入らなかった。

そしてそれが、春の陽気のせいではないことも。

時折宮本さんに視線を遣っても、授業に集中していて、こちらに見向きもしない。

―――まるで自分だけが興味を示しているようで、何だか虚しかった。

彼女は美人で引く手あまただろうに、何故俺など選んだのだ。

あれこれ思考を巡らせていると、いつの間にか一限目の授業は終わっていた。

教師が去ると教室内は騒がしくなっていく。


「どうしたよ、優吾。お前、なんか元気ないな」

「いや、大丈夫だって」


素っ気ない返事をすると、公一はおでこを勝手に触って、熱がないか確かめてくる。

人によっては、幼馴染とも腐れ縁とも表現する関係。

短髪の黒髪で、髭は綺麗に剃られており、身なりは整っている清潔な男子だ。

どうせなら気立てがよくて、性格や趣味の合う異性の幼馴染がいいのだが、俺には恵まれなかった。

しかしこいつには佐久間加奈(さくま・かな)ちゃんという、クラスで三本の指に入るであろう可愛い幼馴染みがいる。

片や幼馴染を持つ者。

片や暴力的な姉の元に、産み落とされた者。

どこまでも世の中は不平等だ。


「分かったぜ、それは恋の病だろ」

「公一は年がら年中そんな感じだな」

「中野さんとはどうなんだよ。俺と優吾の仲じゃねぇか、教えろよ」


馴れ馴れしい態度で、彼が訊ねてきた。

どうもこうも一線を越えるような真似はしていないのだから、友達以外の何者でもない。

だが、そのまま答えるのも癪に障る。

なので人様の色恋沙汰に一喜一憂する公一へ、ちょっと意地悪な質問をしてやることにした。


「お前こそ佐久間さんとはどうなのよ。教えてくれたら、こっちも考えるけど」

「……まぁ、ただの女友達だよ」


気恥ずかしいのか少し間を置いて、目を逸らしながら公一は言った。

傍から見た二人は、さながら熟年夫婦のようである。

だからこそ曖昧にはぐらかすのが腹立たしかった。


「何が女友達だ。どうせ毎日朝起こしてもらって、お弁当を作ってもらってるんだろ。くたばれクソッたれが、地獄に落ちろ」

「んなことしてもらってねーよ。人が心配してやってんのに、その言い草はねーだろーがよーっ!」


いつもは騒がしくて、鬱陶しさを感じる公一の空元気も、この時ばかりは有難かった。

黙っていたら、宮本さんにばかり気を取られてしまいそうで。


「悪い、悪い。ちょっと小便してくるわ」

「俺と加奈は、そんなんじゃねーからな!」


出入口に向かう俺に対して、公一は大声を張り上げて必死に否定していた。

少しからかいすぎたか。

後で謝らないと。

用を足して廊下に出ると、鹿山知恵(かやま・ともえ)が近寄ってきた。

親しい知人からはチーちゃん、チエちゃんと呼ばれている、ツインテールが特徴的な女子だ。

通っていた中学は一緒だったものの、三年間別のクラスだったから、ほぼ面識はない。

高校でもあまり話したことがないから、どんな女子かはあまり知らなかった。

今は体育館でバスケ部の活動をしている時に、たまに話す程度の間柄だ。


「田島ァ。うわの空みたいだけど、何かあったの?」


そういうと鹿山は、俺の顔を覗き込む。

鹿山は宮本さんと親しいみたいだけれど、俺と彼女の問題を相談する気はなかった。

告白したことを、誰にも知られたくないだろうから。

それはそれとして、心配してくれているのは素直に嬉しい。

彼女の優しさに答えようと、俺は唇の両端を精一杯持ち上げて、笑みを作ってみせた。


「鹿山、気にしないでくれ。色々あってさ、眠れなかったんだ」

「へぇ、色々ねぇ。ちょっと気になるなぁ」


悪戯っぽい笑みを浮かべて、彼女は呟いた。

一人でいると永遠のように思える時間の流れも、二人だと退屈に感じないものだ。

会話に花を咲かせていると、あっという間に時が過ぎていく。

キンコンカンコーン、キンコンカンコーン。

校内に予鈴が鳴り響くと、生徒は教室へと吸い込まれていく。

早く自分のクラスに行かないと。


「いい暇つぶしになったよ。また話そうぜ、鹿山」

「あっ、ちょっと待ってよ田島」


教室に入ろうとすると、俺は鹿山に呼び止められる。

何事だろうか。

振り返ると彼女は上目遣いで、心の中を探るようにまじまじと眺める。

楕円のクリクリとした瞳に見つめられていると、全身から脂汗が噴き出していた。

鹿山が目と鼻の先まで接近すると、本能を刺激する甘い匂いが漂ってきて、気が気でない。


「な、何だよ。用があるなら済ませてくれよ」


俺は思わず、緊張と思春期特有の女子を遠ざける気持ちがないまぜになって、突き放したような言い方をしてしまう。


「届かないからさ、屈んでくれない」


周りには知られたくないのだろうか。

言われるがまま膝を折り曲げると、彼女は


「ふふっ、あんな綺麗な子がアンタに告白なんかすると思ってるの? バーカ」


と耳元で囁いた。

何故宮本さんが告白したことを、知っているんだ。

思いも寄らない台詞に、俺は言葉に詰まる。


「おい、それどういう意味だよ!」


聞こうとした時には、既に彼女の姿はなかった。

誰もいなくなった廊下に一人取り残されて、初めて気がついたのだ。

自分が嘘の告白に騙されていたことに。

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