第4話 励まし 共通ルートその4

放課後にて


終業と共に蜘蛛の子を散らすかの如く、教室から一人、また一人とクラスメイトが去っていく。

日が傾いた空は、まるで自分の心を映し出しているように濃い青に染まっている。

ただ一つ言えるのは、明確な悪意があったということだけだ。

普通なら苛立ちの一つや二つ、覚えるだろう。

しかし心に芽生えていたのは、怒りでも憎悪でもなく虚無感だった。

鹿山の態度から察するに、宮本さんは初めから俺を騙すつもりで手を貸したに違いない。

何故なら余程ひねくれた人間でもない限り、友人の恋路を応援するのが普通だからだ。

流石の鹿山といえど、面と向かって告白を馬鹿にすれば、他の女子から反感を買う。

しかし最初から、馬鹿にする目的で書かせたなら話は別だ。

それならば、彼女の立ち位置が悪くなったりはしない。

予想が正しければ、彼女は鹿山に協力したことになる。

女子というのは、嫌いな人間に対してはどこまでも残酷になれるものだ。

地面を這いずる蟻を踏み潰した所で、心の痛痒など感じない。

宮本さんは、俺を嫌いなのか。

間近で接してきたからこそ、事実が重くのしかかる。

挨拶してもどこか素っ気なくて、隣にいる筈の彼女は、何だか遠くにいってしまったみたいだ。

どうすれば、また他愛のない会話ができるのだろう。

悟りを開く僧の如く、俺は答えの出ない問いを求めていた。


「よっす、部活いかないで大丈夫なの。それともサボり?」

「ああ、今日はサボろうかなって考えてる。そっちこそ平気なのかよ」

「いいのいいの。春の陸上部は怪我しないよう、軽めの運動しかしないから。隣、いい?」

「……おう」


断りを入れると、未来が横に立った。


「なんか今日、優吾が元気ないって聞いたからさ。私でよければ、話し相手になるよ」

「別に大丈夫だって。大袈裟なんだよ、公一は」

「平気じゃないから、心配してんじゃん。ま、話しづらいなら無理にとは言わないけど……」


信用できない人間に漏らせば、あっという間に広がってしまうに違いない。

そうなれば、俺は教室のみんなにからかわれる。

何より大人しい宮本さんが、クラスでどう扱われるか容易に想像がついた。

大事にはしたくないけれど、いつまでも落ち込んでいたら、公一にも未来にも心配をかけてしまう。

それに心のわだかまりを抱え込んだままでいられるほど、俺は強くないから。


「秘密に、二人だけの秘密にしておいてくれるなら……」

「うん、分かった」


力強く頷く未来へ、俺は意を決して重い口を開いた。

いつもは多弁な彼女が黙っているのに違和感を覚えつつも、俺は言葉を紡いでいく。

時折口を噤(つぐ)んでしまったが急かされず、茶々も入らなかったから、安心して喋れた。


「……ってことがあったんだ」

「何それ、ムカつく。信じられない」

「俺、彼女の気に障ることでもしたのかもしれない。だから、しょうがないのかも……」


正直、身に覚えはなかった。

だがやられるならやられるで、自分自身を納得させたい。

宮本さんの心の内など知る由もないが、自分が悪いのなら改善の余地があるから。

表情に目を遣ると、般若のお面みたいに恐ろしい形相を浮かべていた。

剥き出しにした白い歯からは、荒々しい呼吸が漏れていた。

握り締めた拳は、着信のあった携帯みたいに小刻みに震え、今にも誰かに殴りかかりそうだ。


「だからって、そんな人の心を弄ぶような真似して許されるの?! 好意に答えようと真剣に悩んだ優吾を馬鹿にして……。私、そういう陰湿なのだいっきらい!」

「み、未来、落ち着けって。」

「ハァハァ……。ごめん、ついかっとなって」


他人事なのに自分のことのように感情をぶちまける未来と、彼女を止める俺。

本来なら立場が逆だろう。

それが可笑しくもあって、嬉しくもあった。

心細い時に、自分の味方でいてくれる。

それが一番の励ましだ。

宥めると、走り回って疲れた犬のように彼女は激しく喘いだ。


「……いや、悪いことだとは思うけど。嫌いなやつには嫌がらせの一つ二つ、しちゃうかもしんないし」

「そんなことするのが最低な人間ってだけだよ、優吾は悪くないよ」

「そうかな、自信ねぇや」

「人間、誰かと関わってたら傷つくことだってあるよ。それでも宮本って子と、鹿山って子のやったことは限度超えてるよ」


周りに流されない、一本筋の通った正義感。

青臭くていっぱい敵を作りそうだけれど、自信を失いかけていた自分が最も欲していたものだ。


「ありがとな、ちょっと元気でたかも」

「いや、まだ表情が暗いよ。カラオケでも行って、ストレス発散しよ」

「未来が遊びたいだけだろ。ま、今日はとことん付き合うけど」

「ハハ、バレちゃった。昨日おこずかい貰ったから、パーッといこーっ!」

「公一と佐久間さんも呼んでいいか? 流石に二人きりは嫌だろ?」

「あの二人も来るのか~。ひ、一人五百円までね!」


俺は宮本さんを忘れてしまうべきなのか。

本心から、彼女に向かい合うべきなのか。

相反する感情を心に宿しつつ、俺は荷物をまとめていた。

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