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 南西の空を北に向かって、ステルス性を捨てて爆装したF‐35が四機、爆音を響かせ、ダイヤモンドの編隊で飛んでいく。

「百里からかな」

 クロームに輝く自転車に乗って彼女が近づいてきた。

「どう思う?」

 でも、ぼくたちは彼女の問いかけに、うまく答えられなかった。あの戦闘機がどこから来てどこに向かっていくのか、想像できなかった。F‐35のウェポン・ベイに格納された戦術核弾頭が何十万という異種知性体を焼き払い、ここよりかはまだなにかある街を廃墟に変えるのだと言われても、にわかに信じがたかった。

 ぼくたちは彼女と隣り合って、薄川の遊歩道を歩いている。川原には串刺しになったダルマが林立している。真っ赤なダルマには墨できちんと目が入れられていて、松の葉で覆われている。サンクローの一つと目が合ってしまい、ぼくたちは思わず立ち止まる。けれど、彼女はそのまま歩いていく。ぼくたちをおいて歩いていってしまう。

「本当は、よくわかっていないんだ」と彼女が大きな声で叫んだ。「文献がサンイツしちゃってて」

 散逸、なんて言葉を口語で話している女の子を、初めて目にしている。彼女がなにを言いたいのか、ぼくたちはよくわかっていなかった。それとも――この世界の誰もが、最初から理解されることを期待していないのかもしれない。

 そうだ、だから彼女は叫んでいる。彼女は堰を切ったように、叫び続けた。

 世界は常に脅かされている。彼女はは世界を護っている。彼女は自分が護るべきだと知っている。そういう家系なのだ。まれにそういう啓示を受けて、脅威と闘うことを知る。闘い方は家系に伝来のものがある。しかし、二度の大戦と一度の震災で文献は散逸してしまい、本当に断片的な情報しか残っていない。ひとつはっきりしていることは、大量の文字情報のなかにそろった数字が必要らしい。ぞろ目の繰り返しが特にいいらしい――。

 脅威と闘う方法を彼女は模索し続けている。書店で本を購入する。封を切られることのない書店の袋。そのなかには読まれることのない本と、発行年月日と購入時間がぞろ目のレシート。それをマンションの一室に放り込み、世界が救われる瞬間を、その日が訪れるのを待って、走り回っている。

 叫び終え、彼女は肩を上下させている。彼女は、いまも闘っている。

そして彼女はふり返ることもなく、さよならを言うわけでもなく、自転車にまたがると、こぎ出す。右に、左に、身体を傾かせ、いきおいをつけて猛然と加速していく。クロームに輝く自転車を立ちこぎする彼女は、ぼくたちからどんどん遠ざかっていく。光の先には必ず闇があるように、決して交わることなく遠ざかっていく。

 すでにこのとき彼女の欧州戦線への転属は決まっていて、そのことをぼくたちが知ったのは彼女がオーストリアに転進したあとだった。

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