第17話 2-8.ジンの戦い方

 次の日の朝


 キッチンでの話題は専ら紫色の演奏集団であ

 るプトレマイオスのことだった。


 そのことを話す人々の目は昨日の興奮冷めやらぬ様子で輝いていた。衣食住に加えての初の娯楽であることと人外の奇跡とも言うべき昨日の演奏を考えれば当然なのかもしれない。


 すでに推しメン論争に発展していたが、その推しメンも同じコミュニティで暮らす仲間であることからどこかなごやか雰囲気だった。


 そんな賑やかな雰囲気を避けるように芝生エリアで食事に没頭していた三人組がジンの弟達であるショウ、ゴウ、ユリの三人であった。


 三人は黙々と何も言わずにただ、食材への感謝だけを思い朝食を口へ運んでいた。


「おはよう」

 ジンが弟達に声をかけて自分も芝生に腰を下ろす。


「「「......」」」

 一瞬の沈黙の後、声の主が兄だと確認すると急に3人が黙ってジャンケンをしだし、負けたユリが口を開いた。


「おはよう、ジン」

 他の二人は兄には目もくれず食事に戻っていた。

 相変わらず兄>食事の優先順位である。


(家族とはいえ......この扱いは酷い......まあ、変わってないと言えばそうなんだが......)


「昨日はすごかったな。感動したよ」

 弟達の対応に若干不貞腐れながら、演奏の素直な感想を伝える。


「あ、ありがと。めちゃくちゃ緊張したけどね」

 いままでは思っていてもあまり口出すタイプでないジンからの賛辞にユリが照れて、頬をかいてごまかした。


「まあ、僕はできると思ったけどね。だって、天才ですから」

 普段はネガティブだが、褒められるとすぐに調子に乗るショウがしたり顔をする。


「そういや、普段はどこで練習してるんだ?」

「色々かなー?」と、ユリ。

「空いている場所だよ」と、ゴウ。

「中央塔のどこか」と、ショウ。


 ショウとゴウが食べ終わったからかジンの質問に三方向から返答が返ってくる。


「あ、でも、昨日は中央塔だったよ」

 ユリの一言で昨日探しても見つからなかった理由が判明した。中央塔にはまだ知らない場所がたくさんあるのだろう。今度暇な時にでも探索してみるか。


「今日も演奏するのか?」

 ジンの問いに三人が揃えて首を横に振る。そして、同時に話し出した。


 それぞれの話をまとめてると、なんでも公演の演目は下はお遊戯会から上は昨日の演奏までのレベルで幅広く存在し、ローテーションで行うそうだ。


「誰かの役には立ちたいけど、そう思っているのは僕たちだけじゃないから」

「それに演奏の後は異常に腹が減るしなー」

「ほんと、そうだねー」

 ゴウがかっこいいこと言ったのをショウとユリが茶化す。


(ちゃんと考えているんだな......成長したな)


 ジンはふと親のような気持ちになり、自分の皿からおかずを一つずつ弟達の皿に置いた。



 ◇◇◇



 修練所にて


「今日からはこれを使ってくれ」

 ユウカがアリエスとの特訓の前にジンに一振りの刀を渡した。


「これは......」

 人生で初めて持つ刀にジンが緊張する。心臓が高鳴り、手が震えるのを抑えてゆっくりと引き抜く。シンプルなデザインで普通の刀だった。


(やけに軽い......こんなものか?)


「ちなみにそれは、模造刀だ。まあ、多少乱暴に使っても問題はないよ」

「ああ、やっぱり。どうりで軽いと思いましたよ」

 これで合点がいった。命という重いものを断ち切るにはこれでは軽すぎる。


「きみ専用の武器はきみの父親が鍛えている最中だ。少しの間はこれで我慢してくれ」

「えっ、今何て?」

 今聞いた事実が衝撃すぎてジンは思わず、聞き返してしまった。


(営業部門の絶対的エースだった父さんが、まさか、武器をつくる才能があったのか?)


「きみの考えていることをあててやろう。......きみの父親に武器を鍛える才能はないかったよ全くと言っていいほど」

「だったら、どうして?そんな役割を?」

「彼が望んだからさ。“努力”と“根性”の二つだけで息子であるきみの武器を鍛えている」

 ジンはその言葉に胸を打たれた。


 そう、家族は知っていたのだ。ジンが戦うことを選んだことに。この生活中に顔を合わせる機会は何度もあったが誰もそのことに触れなかった。


 そして、今の自分にできることを選択した。ジンのためになると信じて。


 ジンの頬を一筋の涙が伝った。


「泣いている暇はないよ。さあ、特訓だ」

「はい」

 ジンは涙を拭い、元気よく返事をした。



 ◇◇◇



 ジンは修練所の端っこで瞑想していた。


 ジンに課せられた特訓は戦闘スタイルの模索であった。

 コハルのように能力で剣をつくり、戦うことはできないが、能力が使える以上どうにかして戦闘に組込みことはできないかとユウカに提案されたのだ。


(そう言われてもなー)


 ジンは悩んでいた。自分の能力に対しての理解はこの1週間で深まっていたのだが、やはり、“水”の存在がネックだった。


 ジンは触れた対象の熱エネルギーを奪う。そう、体のどこかで触れなければならない。だが、水があることが大前提なのだ。


(かと言って、相手に水ぶっかけて触れるのは論外だしなー)


 自分の知識を総動員して再び思案する。物理的現象と論理的思考。だが、何よりも大切なのは常識を超えた“イメージ”であった。


(ん、まてよ......“水”、“刀”、“空気”......確かにぶっ飛んでるが......イメージだ。できると思い込め。理屈は後だ)


 立ち上がり、イメージを固めて、立上り刀を構えた。


(できる。できる。イメージしろ。感覚を広げろ。イメージするのはファンタジーな結果だけ)


「《感覚拡張・カバーアイスウェポン》」


 模造刀の表面に薄い氷の膜を張るイメージで空気中の水分を凍らせる。自分の右手ごと凍らせたが、冷たいという感覚は不思議となかった。


 そして、ジンはその状態の剣先を水の張った洗面器につけた。


「凍れ」

 静かな声で能力を発動する。

 剣先をつけた面から水は徐々に凍りついた。


「なるほどー、感覚の拡張ですかぁ?」

 タイミング良すぎる状況で後ろから急にアリエスに声をかけられた。


「ああ、完成したよ。これが私の戦闘スタイルだ」

 ジンは振り向いて答えた。


 感覚の拡張。

 靴を履いているのに、踏んづけたものの感触がわかることや義手や義足が体の一部のように感じられるなど“ものを介しての人間の感覚を拡張すること”である。


 ジンはそれを応用することで剣で触れたものに対して、直接ふれた時と同様に能力を発動できるようにイメージしたのだった。


 結果は成功。ジンは新しい戦闘スタイルを確立しただけでなく、触れた空気中の水分を凍らせることまでも可能にしたのである。


「アリエス、骸骨を用意してくれないか?早速試したい」

「んー、今日はやめておきましょう」

「どうして?」

「だって、―」


 世界が回る。頭が痛い。

 能力が強制解除され、膝を突いた。限界か。


「ほら、思った通り。まずはその状態をキープすることから始めましょうか」

 冷静なアリエスに「ああ、わかったよ」とは言えなかった。



 ◇◇◇



「ここは」

 ジンは呟くように声を発して、目を開けた。

 目の前には花々。どうやら寝ていたらしい。

 起きようとしたところで、ジンは眉をひそめた。


 どうしてここで寝ていたのかではなく、枕だ。

 妙に柔らかい感触。


「起きたかい?おはよう」

 上から声がする。ユウカの声に全てを察した。

 どうやら膝枕されていたらしい。


「おはようございます」

 とりあえず、ユウカの方に頭を向けて返事をする。


「かわいい、寝顔だったよ」

「......っ!」

 テンプレのセリフに無性に恥ずかしくなり、ユウカの膝の上から飛び起きた。


「まあ、座りたまえ」

 そんなジンの反応を少し笑った後、どこからかティーカップとポットを取り出し、出会った時のように優雅に注いだ。


「私は......寝ていたんですか?」

「そうさ。きみは神経を使いすぎて倒れた。イメージするのに感覚を尖らせすぎた。そんなところか」

 それぞれのカップに注ぎ入れた後、ユウカはジンに一つのカップを差し出した。


「......いただきます」

 ジンは向かい合うようにイスに座り、カップを傾けた。いつも味にほっとする。


「おいしい」

「そうか。よかったよ」

「ユウカさん?」

 目の前の女性は何かを思い込めたような顔をしていた。


「いや、ジン。きみはすごいよ」

「えっ?」

「今日きみが完成させた技感覚拡張は能力を絡めた戦闘においての基本と言っていい」


 だが、とユウカが一度区切る。

「それは、マナを通すことができる武器が与えられているのが前提条件なんだ。きみのようにただの模造刀でそれをやってのけるとは......本当に素晴らしい」

 しみじみとユウカがジンを褒める。


「......」

 言葉が出なかった。自分がやってのけたことの素晴らしさが理解出来なかった。


「うまくいかなかったら、助け舟の一つでも出そうかと思っていたのだが、必要なかったな」

 ユウカは大切なものをしまいこむかのようにゆっくりと言葉を紡いだ。


「本当にすごいのはユウカさんですよ」

「えっ」

「あなたがいなかったらもっと多くの人々が骸骨に襲われていた。それは事実だ」

「仮初の自由でもかい?」

「......」

「私が与えることができたのは、人と競いその先へ高めることを除いたものだ。食事もテントも服も同じ。このコミュニティだけの自由。本当にこれでよかったのかわからないのさ」


 ジンは下を向いて、過去の経験を思い出した。

 誰のせいでもない天災。

 多くを失った人々。

 だが、どんな状況でも人は前を向いて生きてきたことをジンは見て知っていた。


「......私は知っています。物だ、金だと言っていても結局生きていることが重要なんです。死んでしまったら何にもならない。だから、言わせて下さい。“命を救ってくれてありがとう”」

「......」

 ユウカはおもむろに立ち上がり、ジンの胸に飛び込んで来た。


 彼女は泣いていた。


 それを優しく受け止め、ジンは黙って彼女の涙を受け止めた。



 ◇◇◇



「見苦しいところを見せたね。もうそろそろ夕食の時間だろう」

 散々泣いた後、ユウカはまたいつものように戻っていた。

「ええ、失礼します」

 ジンが席を立って、花園を後にする。


 ジンは確信していた。彼女は間違ってないと。

 だが、ジンは知らなかったのだ。人間の強欲さを。弱さを。

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