第16話 2-7.月夜の散歩

「......で、結局あれは何ですか?」

 ほとんどの人々が寝静まった夜に大声を上げてしまったこと反省しながらジンがアノンを問い詰める。


 体長4メートルぐらいの大きな人型の何かはジンの声を気にもせず一列に並んで木材を運んでいた。


「あれは見ての通り物資運搬用の土人形(ゴーレム)ですよ」

 何をいまさらという顔でアノンが土人形(ゴーレム)などというパワーワードをぶつける。


 ジンはこの時、物資の運搬はアノン担当であるというアリエスの言葉に思い出した。


 冷静に考えれば、このコミュニティで暮らしている人々の物質をアノン一人で運べるはずなかったのだ。


「一体どんな仕組みで......というか、こんなに大きな音が鳴っていてどうして誰も気づかないんだ?」

 ジンの頭が混乱する。ゴーレムなんて言葉は創作物の世界でしか聞いたことはない。


「それは、私と、この子(デネブ)、のおかげ」

 カプリコーンがデネブと呼ぶ自分の弦楽器を優しく撫でながら答える。


「あー、彼女の説明だと時間がかかりそうなので、......代わりに私から話します。いいですか、カプリコーン?」

 アノンが能力説明の許可を求めるとカプリコーンは黙ってコクコクと頷いた。


「では、説明させていただきます。まずは彼女の能力から......彼女の能力は“催眠”です。まあ、催眠と言ってもほんの少し思考を誘導するぐらいですが」

 アノンが言葉を選びながら解説する。


 ほんの少し思考を誘導する催眠......想像以上に悪い使い方ができそうな能力にジンは身震いした。


「そして、その発動条件は―」

 アノンが説明を続ける。


(弦楽器を鳴らす女性。その人物の能力が催眠ならば能力の発動条件は一つか......)


「“音”......ですか」

 ジンが口を挟む。


「......はい。左様です」

 ジンの感の良さにカプリコーンには驚きの表情が見えるがアノンはポーカーフェイスを崩さない。


「それで、人々の眠りを深く誘導し、ゴーレムが動く音をばれないようにしていたと?」

「......はい、そうです。流石、ジン様。理解がはやい。その感の鋭さに敬服いたします」

 アノンがそのままの表情でジンを褒め称え、パチパチと拍手する。


 __違和感


 顔は笑っているのに目をだけ笑ってないような。そんな感じの違和感。


(どうにも......アノンの丁寧な言動と思っている感情がちぐはぐに思える。ただ不器用なだけ?それともただの勘違いか?)


 もともと、アノン達は人間ではない。そのことを忘れかけていた。アリエスやジェミニという存在が人間と似すぎていたのだ。


 ジンは喜怒哀楽がはっきりしていないアノンの変わらない表情に振り回されていた。


「じゃあ、あのゴーレムが動く仕組みは?」

 ジンは二つ目の疑問を尋ねる。


「それはこれです」

 アノンが例の赤い外套の胸ポケットの内から一本の“メモリ”を取り出した。


「メモリ?」

 見慣れたはずのメモリだが、アノンの手にあるメモリは普段の特訓で使っているものとは少し違うように思える。


 少し長くて、色が違う。


「そうです。電池の代わりと言えばわかりやすいでしょうか?ただの土にこのメモリを差し込むことでゴーレムが出来上がり、メモリ内のマナが尽きるまでは動き続ける。......まあ、このレベルだと簡単な動きしかできませんがね」

 アノンが実際にメモリ下部のスイッチを押して地面にさすと、小さなゴーレムが出来上がった。


 目線をミニゴーレムに向ける。


 人型をしている土100パーセントの物体。いや、メモリを体内に取り込んでいるため土100パーセントではないか。


 目、口、鼻などの顔のパーツがないが、土の凹凸がシミュラクラ現象で顔に見える。個人的には嫌いではなかった。


「......簡単な動きって具体的に言うと?」

 視線をアノンに戻してジンは再び尋ねる。


「例えば、このゴーレム達は一定の距離を直線にしか進めません」

 アノンが別のメモリのスイッチを押す。筆のようなものが出てくる。


 それでミニゴーレムの足元から真っ直ぐ地面をなぞると、目の前のゴーレムがその線の上をトコトコ歩き出した。


「なるほどね......」


(プログラムしたロボットが線の上を動くようなものか......ファンタジーだが、まだ、納得できる)


「この文明が滅んだ世界で木材や私が運びきれないものを彼らには運んでもらっています。ですが、多くの人々は彼らの姿を見た場合パニックを起こす可能性が高い。だからこそ、余計な混乱を避けるために彼女の能力で深い眠りにいざない、その間に運んでいるという訳です。.....納得していただけましたか?」

 アノンが身振り手振りを交えてプレゼンテーションでもしてるがごとくわかりやすく話す。


 筋が通っている、実演を踏まえたあまりにも合理的な話し方。


 言葉通りに捉えれば、人に対する思いやりと円滑にこのコミュニティ生活を送る工夫なのだが、アノンが言うとどうにも言葉の裏を考えてしまう。


(考えすぎか......)


「ええ、納得しました。説明ありがとうございます」

 ジンは礼を言い、頭を下げた。


「まだやることがありますので、私はこれで失礼します。お休みなさい、ジン様」

 最後尾のゴーレムがジン達の前を通過するのを見てアノンが一礼し立ち去る。


「おやすみなさい。アノンさん」

 ジンはアノンを見送った後、早々に説明をアノンに丸投げし、演奏に戻っていたカプリコーンの方を向く。


「一つ聞いていいですか?」

 カプリコーンの演奏が終わるのを待ってから尋ねる。


「ええ、いい、ですよ」


「今日、演奏した子供達の中に私の弟達がいました。......私の知る限り彼らは弦楽器を弾けるはずがない。なのにどうしてこの短期間であのレベルの演奏ができるようになったのですか?」


「......それは......弾いて、下さい」

 少し考えた後、カプリコーンがデネブを差し出す。


 ジンが恐る恐る受け取り、弦を鳴らす。


 __音

 今日聞いた他の音とは違う“自分の音”。まるで自分自身と会話してるかのような不思議な感覚。


 そのままジンは気の向くまま適当に弾いていると疲労感に襲われた。


 よく知っている特訓終わりに感じる、体内のマナがなくなるような疲労感。


 演奏を止め、弓と弦を離すとその感覚はなくなった。


「ま、まさか......」

 ジンが驚きで目を見張る。


「はい、その、通り、です」

 カプリコーンが自分の意図が伝わったと優しそうに笑う。


 ジンも含めて素人が急に演奏ができるようになった理由......それは非常に簡単だった。


 自分の体内にあるマナを楽器が吸い上げることで音を鳴らしていたのだ。


 弦に弓が触れている限りは音が鳴り続け、体内のマナを使い続ける仕組み。


「誰でも、と、いう訳、には、いかない。一定の、マナ、が体内に、ないと、長時間、出来ない、から」

 カプリコーンが補足説明をしてくれる。


 これでプトレマイオスと呼ばれていた集団の人数が子供達全体の10分の1もいなかったのにも納得がいく。


「体内にマナが一定以上あるってことは、弟達が能力に目覚める可能性もあるってこと?」

 ジンが尋ねる。カプリコーンはなにも言わず首を傾げるだけだった。


「そうか......ありがとう。お休みなさい」

「おやすみ、なさい」

「言い忘れたけど......あなたの演奏は......なんていうか......綺麗でした」

 素直な感想をジンが述べる。


 ジンは今日程“綺麗”以外の言葉が思い付かないボキャブラリーの無さを呪ったことは無かった。


 デネブの方を向いたままのカプリコーンは何も言わなかった。


 ジンは帰り道に聞こえてきたカプリコーンの演奏を聞きながらテントに帰った。



 ◇◇◇



 寝袋に入り、ジンは再び妄想にふけっていた。帰って来た後の方がむしろ考えることが多かった。


(ショウ達が能力に目覚める可能性はあるのだろうか?......普段の演奏練習が特訓の代わりになっているってことか......だが、能力に目覚めるきっかけは何なんだろうか?)


 ジンが体制を変え、横向きになる。


(父さんは誰かとの契約。私はコハルに刺されたから?......だとすると、コハルが能力に目覚めたきっかけは......一体?彼女は私を刺した時だけ目を覚ましていて、その時のことを覚えてなかった。......あーわからん。寝よ。寝よ)


 強引に自分の妄想を止めて寝ようとしたが、結局ジンは一睡も出来なかった。

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