第15話 2-6.休日と娯楽
次の日の朝、コミュニティ内での話題はキッチンから北西の方角にできた謎の新しい建物の話題で持ち切りだった。
建設の作業音を聞いた者が全くいなかったために不気味な噂も囁かれたが、それは本当に一晩でアノンが完成させたためだろう。
誰だって一晩で大きめな木造の建物が立っていたら驚くのが普通である。
この生活が始まって7日目。
ジン達は今日も今日とて特訓をするべく、缶詰をアレンジしたメニューが並ぶ朝食を済ませて中央塔の修練所に向かった。
昨日のコハルの成長を目の当たりにしたせいか、ジンとユキノは過去最大級に張り切っていたのだが、
「今日は休息日だ。特訓はやらないよ」
という、いつものように優雅にティーカップを傾けていたユウカの一言で漲るやる気は空ぶりに終わってしまう。
ユウカいわく、人々はローテーションを組んで働いており、どんな物事でも適度な安息がいいパフォーマンスになるという。
そんな理由で、ジン達も休みを言い渡された。
もちろん食い下がったが、相手にされるはずもなく、手持ち無沙汰の3人が出来上がったのである。
「まさか、このよくわからない非常時に暇で死にそうになるとはねー」
キッチンは昼食の準備に追われる人々の目があるため、昨日昼寝した芝生の上で寝そべりながらコハルがぼやく。
雑談や現状の考察などの話のネタが粗方尽き、改めて暇だと感じていたところであった。
「本当な。......これからどうする?」
木の上に登って生い茂る木々を観察していたジンがぼーと同意する。
「誰を手伝うとかはどうかしら?」
木にもたれかかっているユキノが提案するが、その提案が現実的でないことはわかっていた。
なぜならば、このコミュニティでは自分に合った役割が与えられているからである。
そう、ユウカは人の才能を見つけることにかけては天才的だった。年齢や男女関係なく自分でも気づかない、埋もれていた才能を覚醒させて、このコミュニティ生活で役立つ仕事をその人が望んでいる形で与えている。
誰もが自分の仕事に誇りを持っており、日を追うごとに人々の社会的欲求は満たされつつあった。
だからこそ急に暇になったからといって手伝おうとすることはためらわれた。
かと言って狩りや魚釣りに行こうと思っても、計10個の門は固く閉ざされていて、このコミュニティの外には出ることは出来ない。
本当に暇なのだ。
(命の保証をされ、食事を与えられる......なんだか籠の中の鳥の気分だな。いや、こう考えるのは贅沢か。あの日々を基準に考えたらだめだな)
ジンは妄想に耽る。
剣崎家はかつて、天災により避難生活を強いられたことがあった。
冷たい雨と激しい風。
崩壊した建物。
倒れている人々のうめき声。
真っ黒な濁流。
小さかったがまさに地獄だったことは鮮明に覚えている。
唯一怪我の功名と言えることがあるとするのならば、幼馴染と出会えたことだろうか。
そんなことを考えているとジンはふと、自分の弟達を含めた子供達が何をしているのか気になった。
あのユウカさんがいくら子供とは言え、役割を与えないなんてことは考えられなかった。
「なぁ、子供達って何してると思う?」
下にいる二人に疑問を投げかけてみる。
「そう言えば......」
「聞いたことないね」
興味を示したのかこちらを向き、二人は首を傾げる。
「ショウくん達からは何も聞いてないの?」
「いいや、全く」
「気になるね。やっぱり親の手伝いとか?」
コハルからありふれ答えが返ってくる。
(それが一番妥当だが、もしかすると......もしかするかもしれない)
「そうかもしれないが、暇つぶしにコミュニティ探検がてら見に行かないか?」
ジンには過去の自分の経験から一つ思い当たる節があった。
「「賛成!」」
ジンの提案に二人が賛同し、好奇心を携えて3人は歩き出した。
◇◇◇
子供達に与えられそうな役割を考察しながら女性用テントが並んでいる地帯を抜けて南に向かう。
__音
「何か聞こえない?」
コハルが聞こえてくる音に気づいた。
ジン達も耳を澄ます。
__音
いままで聞いたことのないような旋律。ジンはオーケストラや楽器に詳しい訳では無かったが心が洗われるような音に全身が震えた。
吸い寄せられるように三人は音の鳴る方へ向かう。
その人物は一人コミュニティの南東の広場に立っていた。
もう見慣れてしまった例の赤い外套を身にまとい、頭にはカチューシャ、手にはヴァイオリンのような弦楽器を持ち、演奏が終わった余韻に浸りながら。
その人物がこちらに気づき、振り返る。
毛先が鮮やかな紫色をしている黒髪。
紫色の大きいカチューシャ。
優しそうなたれ目。
アリエスとは違うタイプで外見は若い魔女のようだった。
「こん、にち、は」
彼女は微笑み、途切れ途切れに挨拶する。
「こんにちは、あなたは?」
ユキノが挨拶を返す。
「カプリコーン」
カプリコーンと名乗った彼女は何を思ったのか急にオロオロし、両手をパタパタとさせた。
「「「?」」」
意図がつかめず、全員が揃って首を傾げる。
パタパタさせていたカプリコーンは自分の楽器に目をやると何かにハッと気付き、ユキノに自分が弾いていた楽器を渡した。
「弾いて」
「えっ?」
「いい、から」
言われるがまま、見よう見まねでユキノが弓を弦にあて、弦を鳴らす。
__音
「こっ、これは......」
__光
美しい青い光が帯状に弦楽器から溢れ出し、辺りを包む。
暫く演奏が続き、余韻たっぷりに最後の一小節を弾き終わると、ユキノは夢から覚めるようにゆっくりと目を開けた。
「すごい!すごいよ、ユキノ!弦楽器なんていつから弾けるようになったんだ?」
興奮冷めやらぬ様子でジンが問う。
「いえ、私が弾けるのは精々ピアノぐらいよ。だから、自分でも驚いているわ」
「ということは......」
三人の視線がカプリコーンに注がれる。
「これが、“私の、夢”です。」
そう言い残して、カプリコーンはユキノからひったくるように楽器を奪って、その場を去って行った。
「あっ、待って!」
ジンの声を気にも留めず、カプリコーンは嵐のように去って行った。
◇◇◇
その日の夜キッチンにて。
「結局、見つからなかったね」
「まあ、そんな時もあるさ」
ジン、コハル、ユキノの三人は早めの夕食をとっていた。
嵐のように去って行ったカプリコーンも探しながら当初の目的である子供達を探したのだが、見つからなかったのである。
「この際、ユリちゃんに聞いてみようかしら?」
「いや、それはだめ。なんか負けた気がするから」
ユキノの提案をほほを膨らませたコハルが拒否する。
「でも、そう言ってもなー」
「お待たせしました!」
開けたキッチン中に響く声にジン達の会話が遮られる。
その声の主はアノンであった。小さな木の箱のようなものの上に乗り、口に石のようなものを近づけて話している。
「突然ですが、お聞きください!子供達のマリアージュ!プトレマイオスの皆さんです!」
テンションの高いアノンがキッチンから南の芝生エリアを指さす。
その場いる全員が指差す方向を向く。
そこには様々な背格好の子供達が皆同じ紫色コートを身に纏い整列していた。
プトレマイオスと呼ばれた子供達全員が光る石をスポットライト代わりに自分の足元に置く。撒かれた光る石に照らされてコートが美しく光る。その中にはショウ、ゴウ、ユリの三人もいた。
皆がその光景に釘付けになっているなか、カプリコーンが登場し、子供達を背にして立つ。
カプリコーンが昼間見た弦楽器を構えた瞬間、全員が彼女と同じ種類の弦楽器を構えた。
なにが始まるのかとざわついていた人々の動きがピタリと止む。
「1、2、3」
カプリコーンのカウントとともに演奏が始まった。
__調和
音と音が重なり合う。
一人一人の色が異なる光が帯状に溢れ出し、
キッチンを光と音が包む。
気付けば周りの人は皆、その幻想的光景に言葉を失い、ただ泣いていた。
演奏が終わり、アンコールまでキッチリと演奏した後、一礼し彼らは退場した。最後まで拍手が鳴りやむことはなかった。
この時、大人達は娯楽というユウカが子供達に与えた役割を味わったのだった。
衣食住だけでは人間は生きていけない。
例え、文明が滅んだとしても終わりではない。
文明が滅び、様々な制限の中でユウカが出した答は“見る娯楽”それも変わってしまった世界ならではのものだった。
べっとりと魂に刻み込まれた死の恐怖。
先の見えない不安。
行方の知れない家族。
理由は違えど、様々な負の感情に蓋をして毎日を生きていた人々の心を潤したのだった。
「すごいわね。本当に」
ユキノが呟く。
「ああ、本当に」
ジンも激しく同意する。この感動を言葉にしてしまうと壊れてしまいそうでそっと胸にしまった。
◇◇◇
その夜自分のテントにて、ジンは先ほどの感動が冷めやらぬため中々寝付けないでいた。
(本当に美しかったな)
あの演奏の後、アノンから皆に発表があった。そう、蒸し風呂の解禁である。つまり、あの演奏は前座であったのだ。
明日から男女時間別に解放されるということであった訳だが、その発表で人々はさらに歓喜に沸いたことは言うまでもない。
しかし、ジンが寝付けない理由はもう一つあった。
それは、“どうして弟達が弦楽器をひきこなしていたか”ということであった。
同じ家で暮らしてきたが、弟達が弦楽器を習っていた記憶はない。
そして、そう簡単にマスターできる代物でもないことは演奏を聞けばわかる。
考える。......必死に考えるが、納得できる考えは思いつかなかった。
明日になれば直接弟達に聞けばよいのだが、一度気になりだすと考えずにはいられなかった。
(水でも貰って寝直すか......)
ジンは黒コートをひっつかみ、テントを出る。
◇◇◇
一応、消灯時間が決まっており、起きていてもやることがないため、皆寝静まっている。
(月が出ててよかったな)
満月から少し欠けた月が辺りを優しく照らしている。その他には灯りらしきものはない。
水飲み場はキッチンにあるため、ジンはキッチンに向かって歩き出した。
__音
コミュニティに響き渡る今日だけで三回目の音だが、今回は旋律が違う。
音の方へ歩みを進めると......いた。カプリコーンだ。キッチンのイスに座って、弦楽器を弾いていた。
邪魔してはいけないと思い、ジンは演奏が終わるまでその場で彼女の演奏を聞いて待つことにした。
月明かりに照らされているカプリコーンは柔らかい笑みを浮かべて、自分の楽器と対話しているようだった。
思わずその姿に見とれていると、
「こんばんは。ジン様。覗き見ですか?」
耳元で声をかけられる。
「わっ!」
予想外の出来事に声を上げて、ジンの腰が抜ける。
ピタリと演奏が止んだ。
「誰、ですか?」
カプリコーンが不機嫌そうに声をあげた。
「私だ。カプリコーン。演奏を邪魔してすまないね」
アノンがジンに手を貸しながらカプリコーンに謝罪する。ジンは恥ずかしさで一瞬ためらったが素直にアノン手を借りて立ち上がった。
アノンというこの男。
見た目は30歳ぐらい。
茶髪で長めの髪型。
スーツでも着ていれば外見はやせ気味のサラリーマンに見えなくもない。
だが、その目は一般人のものとはかけ離れている。
この目を見て本能的に関わり合いたくないと橋では判断したことを思い出した。
会うのはこれが初めてではないが、やはり気圧されそうである。
「ジン様も。申し訳ございませんでした」
ジンの方を向き、アノンが深く頭を下げる。
「いえ、いえ、ちょっと驚いただけです」
アノンが想像以上頭を下げたのを見て、ジンは慌ててフォローする。
「ところで、二人はここで何を?」
気まずさを回避するためと単純な好奇心の二つで話題を逸らす。
「私は、デネブが、もう、少し、話し、たい、と、言った、ので」
カプリコーンがデネブと呼んだ、自分の弦楽器をうっとりとした表情で見せる。
このままカプリコーンに話させると長くなりそうだった。
「「な、なるほどー。」」
二人の棒読みがシンクロする。
「じゃ、じゃあアノンさんは?」
すかさずジンはアノンにアイコンタクトして、アノンに話題を振る。
「わ、私はマスターの命令で、材木を運んでいる途中です」
が、アノンは何も持っていない。
(ん、なんかデジャヴ?)
そう、思った時、
ズシン、ズシンと大きな音が近付いて来る。
「おっ、丁度来ましたね。あちらをご覧ください」
アノンが指をピンと立ててキッチンの北側を指さす。
そこには明らかに人間サイズを超えた何かが木材を運んでいた。
「えーーーー!」
ジンは叫んだ。今が月明かりが照らす夜だということも忘れて。
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