第14話 2-5.コハル風呂のために頑張る
アリエスが風呂建設の可能性を示してから4日が過ぎようとしていた。
新しくこのコミュニティに避難してくる人の数も落ち着き、人々がこの生活に慣れ始めたころコハルは今日も修練所で“石”と向かい合っていた。
「コハルくんは今日もやっているのかい?」
「ええ、相変わらずです」
ジンはジェミニとの特訓の休憩中にユウカと優雅にお茶していた。
修練所の端っこにテーブルとイスを置いただけなのだが、彼女がいると様になる。会話の内容はユウカにかつての文明を教えるという奇妙なものであった。
「少しはジェミニと張り合えるようになったかい?そうだと、嬉しいんだが」
ふと、話題を変え、特訓の進捗を尋ねる。
「んーようやく、2本に1回は勝てるぐらいですかね」
ジンは自分の成長をあくまでも控えめに主張する。目の前の女性に褒めて欲しかった。
「ほう、そうか。......それならよかった。素晴らしい!ジンとユキノくんは順調に進んでいるな。明日からは交代してアリエスと戦ってくれ」
「わかりました。ちょっとコハルの様子を見て来ます」
ジンが席を立ち、コハルの元へ向かう。少しテンションが上がったことユウカに悟られないようにしながら。
◇◇◇
「えい!えい!......んーだめかー」
コハルは相変わらず石と向かい合って唸っている。
なぜこうなったかというと、3日前にアリエスがこう言ったからである。
「蒸し風呂ならできるかもしれませんと」
前々から浴場を作る計画はあったのだが、諸々を考えると現実的なものではなかった。
しかし、浴槽に浸かる風呂とは異なるが、風呂としての機能を備えており、一度に大勢の人を風呂に入れることができ、節水にも繋がる蒸し風呂にはメリットしかなかったのだ。
そして、このコミュニティにはまだ全員に着替えとタオルを配れるだけの余裕があった。
建築担当のアノンいわく建物も一晩あればできるとのこと。
唯一の問題は水を熱し、蒸気に変える何かであった。
普通の石を熱するのは燃料である木々がかかりすぎるということでコハルの能力に可能性を見出したのだった。
だが、コハルの炎の威力は弱く、持続時間は短いため、蒸し風呂に使う石を温められる代物ではなかった。
ではどうするのか?
答えは一つ......“特訓”だった。
要はコハルが特訓して、蒸し風呂に使う石を温めるくらいまで成長してくれ。それができるなら蒸し風呂が解禁してやるという訳であった。
もちろんコハルが熱している石はただの石ではない。ユウカいわく“太陽の石”である。
光を浴びるとオレンジ色に光る石であり、ただ、持つだけでポカポカするような感じのするどちらかと言うと、宝石に近い石である。
一番の特徴は他の石よりもマナを多く蓄えることにある。コハルの炎もマナを通して放出されたものであるため、ユウカいわく相性がいいとのこと。
「少し休んだらどうだ?コハル」
ジンが朝からぶっ通しで石と向かい合っているコハルの後ろから声を掛ける。
「いや、全然うまくいかないからもう少しやってみる。というか、ユウカさんの課題が多すぎるるよー」
首だけこちらに向けコハルが返事する。その表情には疲れが見えた。だが、乙女の意地というやつなのだろうか頑としてやり遂げるという気迫が言葉に見られる。
特訓に際してユウカがコハルに課した課題は3つ。
1つ、自分のマナの最大値の強化。
これは特訓次第でいくらでも伸びようはある。
2つ、フレイムートの持続時間の強化。
つまり、炎を均一に長い時間放出できようになれるか。フレイムートを主軸としての戦闘を考える以上必須であった。
3つ、一度に放出できる炎の量を増やす。
つまり、フレイムートと同じタイミングで別の炎を出せるかどうか。これが一番の課題であったが、今後の戦闘スタイルにも大きく影響するものであることは本人も自覚していた。
この太陽の石を熱して蒸し風呂に使えるようにできるには3つの課題をクリアし、一定のレベルを越えなければならない。
「コハル、根詰めすぎよ。休みなさい」
アリエスとの特訓が終わったユキノがコハルに休憩を勧める。なぜか、特訓用の竹刀を肩に担いだままだった。
「そう言うユキノだって......体がボロボロになるまで戦ってユウカさんに止められたくせに」
普段はユキノにストップがかかることが多いことをつつくように、コハルが口をとがらせて反撃する。
「なっ、私は言われたから、いま休んでるじゃない」
「だったら、竹刀を置いたら?焦る気持ちがバレバレなんだけど」
二人が苛立ち、言葉に棘が見られる。
「何よ!」
ユキノとコハルが睨み合い、唇が触れるぐらいまで近づく。一触即発であった。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
すぐさま二人の間にジンが割って入る。
「ジンくん!このアホに言ってくれないかしら?」
「ジンに頼るのは違うでしょ」
逆効果だったか、二人は今にも掴みかかりそうであった。
(やれやれ、やはりこうなったか)
パン!
ジンが手を鳴らす。
ピタリと喧嘩が止まり、二人の視線がジンに注がれる。
「なあ、二人とも、ちょっと付き合ってくれ。
少し、二人借りますね。ユウカさん」
「ああ、構わないよ。ごゆっくり」
ジンがコハルとユキノの手を引いて修練所の外に出る。
◇◇◇
4月の昼下がり。天気は雲一つない青空。ポカポカした暖かい光。控えめに言って昼寝には最適だった。
ジンは二人を中央塔の東側で芝生が生い茂る場所に連れて行き、大きな木の木陰に腰を下ろした。
「「......ここは?」」
二人の声がシンクロする。
「いい場所だろ。この前見つけた。......まあ、何というか......私が言えることじゃないけど、焦らなくていいんじゃない?」
「別に焦ってなんか......」
「そうよ。私もコハルも焦ってなんかないわ」
「それなら別に何も言わないが......」
ジンが芝生に寝転がる。
「昔から、頑張り屋で、その癖負けず嫌いだったからなー」
「何が言いたいのよ?」
「とりあえず、寝転がってみ。聞こえてくるから」
二人もジンと同じように寝転がる。
木漏れ日が優しく差し込む。
風が木の葉を撫で、春の匂いを運ぶ。
芝生が体をくすぐる。
季節を象徴する鳥のさえずり。
張り詰めていた何かがほぐされてゆく。
「悪くないだろ?......ん?」
ジンには伝えたいことがあった。いままでの人生で幾度となく幼馴染に救われたこと。おそらく、救った本人は気づいてないこと。ただ、そばにいてくれるだけで、力が湧くことを。
だが、ジンが横を向くと二人はすでに寝息を立てていた。ジンの腕をがっちりロックしたまま。
(まあ、いいか。私も眠たく......)
まぶたが重い。言いたいことを胸にそっとしまい、ゆっくりとかすみ薄れゆく意識の中でジンはいままで聞いたことのない音色を聞きながら夢の世界へいざなわれた。
ジン達から離れた場所で一人の女性が既存の弦楽器とは違う弦楽器の演奏を終えた。
「......ご苦労様。カプリコーン。いい演奏だったよ。やはりきみの音は素晴らしい!」
うっとりを演奏に聞きほれていたユウカが感想を述べる。
「ええ、ありがとう、ござい、ます」
カプリコーンと呼ばれた人物の演奏がコハルやユキノの息抜きに一役買っていたことは知る由もなかった。
◇◇◇
「ふぁ~。よく寝たわ」
「おはよう、ユキノ」
ユキノが目を覚まし、伸びをする。すでにジンは起きており、沈みゆく夕日を眺めていた。
「寝過ぎね。私達。起きてコハル」
目をこすりながら、コハルを起こす。
「ふぁぁ。おはよう」
「おはよう、コハル。気分は?」
「最高。......いまならできる気がする。ねぇ、二人とも少し付き合って」
コハルの顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。
「どこに?」
ユキノが首を傾げる。
「修練所!」
「OK。行こうか」
先に立ち上がったジンが二人に手を伸ばす。
「うん!それと、ありがと。ジン」
手を引かれて立ち上がったコハルは無邪気にほほ笑むただの女の子だった。
◇◇◇
「改めて特訓よろしくね。アリエス」
その場で簡単な準備体操しながらコハルはアリエスと向かい合う。
「いえいえー。ルールはいままで通り。骸骨は3体、10分逃げ切るか、倒せばコハルさんの勝ち。逆に骸骨に3回攻撃されれば、コハルさんの負けでいいですかぁ?」
アリエスが大きな瓶から様々な形と大きさの骨を取り出して地面に置き、ルールを確認する。
「うん、OK、OK。はやくはじめよ。
来て!《フレイムート》」
コハルが能力でつくった剣を構える。
「では......コホン、踊れ!《ウール・スケルトン》」
地面に散らばっていた骨が一か所に集まり、人の形になり、大・中・小一体ずつのもこもこの骸骨が誕生した。細い糸がアリエスの指に繋がっていることからアリエスが自分の能力で操っているようだ。
もこもこ骸骨の見た目は以前見たものと遜色はない。
それどころか、どことなく無機質な感じや心臓にあった“核”のようなものまで再現されている。
ただ一つ違う点があるとするのならば、やはりもこもこなことが目につくぐらいである。
「さて、見ものだな。きみはどう見る?ユキノくん」
ユウカが普段同じ特訓をしているユキノに意見を求める。
「そうですね......以前までならば、ヒットアンドウェイでしたが......何か策があると思います」
「彼女の自身の壁を一つ越えたかな?」
部外者の考察を他所に、にらみ合いの様子が見が続く。
先に膠着状態を破ったのは、アリエスだった。
「行け!大骸骨」
一番大きい方の骸骨がコハルに突進する。
「行きます、《炎舞 紅炎のアリア》」
コハルがその場でトン、と一回右足を踏み鳴らし、真っ直ぐ骸骨に向かってゆく。
いつもとは違うコハルの行動に驚かないアリエス。すぐさま他の二体を展開する。
コハルは覆い被さるような攻撃を腰を落として躱し、すれ違いざまに剣での一撃を叩き込んだ。
しかし、これで終わらない。一番大きい骸骨の後ろにピッタリくっつき、攻撃のチャンスをうかがっていた小骸骨の頭を掴む。
「《フレイムシュート》」
コハルの左手から炎を放出し、小骸骨を焼き払う。もこもこの体が火に包まれて、アリエスと骸骨と繋ぐ糸が切れた。
「おおっ!」
フレイムートと同時放出というにコハルの進化に歓喜するジンとユキノ。
「甘いですよ。中骸骨!」
アリエスは最後のあがきとして残っていた最後の骸骨をコハルの死角に動かし、攻撃させる。
だが、
「見えてます!全て!」
コハルは小骸骨の頭を掴んだ体制から有り得ないほどの反応速度で死角からの攻撃を剣でいなし、核である心臓部分を刺した。
核が割れ、キラキラと空中に舞う。
コハルは能力を解除し、スカートの裾を軽くつまむ仕草とともにぺこりと頭を下げた。
その一連の動きは舞踏会でスポットライトを浴び、ダンスでも踊っていたかのようであった。
「負けました。降参です」
アリエスが両手を挙手し降参する。
「ありがとうございました」
コハルが深く頭を下げる。
コハルの完全勝利に皆がそれぞれ温かい賛辞と拍手を送る。
温かい言葉と拍手にコハルが笑みを零す。
__ねぇ、ユウカさん。私、わかっちゃった。
私の能力は“勇気”だけじゃない。この温かい感情の具現化なんだってことに。
コハルが胸に手をあてて確信する。
誰もがコハルに賛辞を送る中、ユキノ一人だけが噛み切れる程、唇を嚙みしめていたことには誰も気付かなかった。
ユキノは自分の胸に何かが突き刺さるような感触を覚えた。
__嫉妬?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます