第22話 お参り

 瑠璃子と渉は横浜のとある神社の祭神にお供えをするために団子を作っていた。団子は団子粉をこね、まるめて、ゆでるだけの簡単な工程でできる筈であった。しかし、台所に立ったこともなかった瑠璃子にはそうもいかない。

「渉さん、団子粉がまとまらないわ」

「瑠璃子さん、それはそんなに水を入れていないからです。ちょっと待ってくださいね」

 渉は団子粉にゆっくりと水を注ぐ。瑠璃子がそれを受けて、混ぜる。瑠璃子がこねていくにつれて、だいぶ固くなってきた。

「そしたら、それを丸めて、ゆでましょう」

「まあ、そんなに簡単にできるのですか」

「エエ。ほら、湯が煮立っておりますので、どうぞお入れください」

「こうですか」

 瑠璃子は団子の生地をちぎり、丸める。そしてそれをそうっとお湯の中に入れていく。瑠璃子は何だか難しそうな顔をしている。

「如何なされましたか」

「私だけで作ろうと思ったのに……。結局渉さんに手伝わせてしまいました」

 瑠璃子は膨れている。渉は団子粉にまみれていない方の手で瑠璃子の頭を撫でる。

「お気になさらず。では俺はあんを作ってますのでちょいとお待ちください」

 渉はみたらしあんを作り始める。材料は砂糖以外はみな、大家さんからの借り物である。手慣れた手つきであんを拵え始める。瑠璃子はその様子をじっと見ていた。

「渉さん。お料理できるのに、どうしてされないでお湯漬けとかお茶漬けばかり食べるのですか」

「ハハ……。貧乏性故です。おや、瑠璃子さん、団子はそろそろいいのではないでしょうか。それを浚って水の中に入れて下さい」

 瑠璃子はお湯とお湯の中に浮かんでいる団子をそのまま、水の中に入れたのである。渉はあわてた。

「瑠璃子さん、説明の仕方が悪かったです。すいません。団子だけ入れていただければよかったのですが」

「まあ、私ったら。申し訳ないです」

「構いませんよ。ちょっとふにゃふにゃだけど仕方ないです。神様も許してくれますよ」

 そう言いながら、渉はみたらしあんを団子にかける。立派なみたらし団子の出来上がりだ。瑠璃子は満面の笑みを浮かべている。その笑顔を見て渉もつられて笑顔になる。

 二人は鉄道に乗り、さる稲荷神社に向かう。その稲荷神社は村社ではあるが、由緒が平安時代まで遡るといわれている古い稲荷神社である。その稲荷神社は家内安全、金縁、学問成就などなど様々な効果があるとされている大層立派な神社であった。しかし、そこのお稲荷様は気まぐれであり、団子を供えれば、並大抵の願は叶えてくれるが、団子を供えなかったりすると願は叶わないという。渉は瑠璃子の手を引き、長い石段を上る。鬱蒼と茂る林の中、蝉たちが大合唱を奏でている。

「もう、夏ですね」

「エエ、だいぶ暑くなってきましたね」

 蝉や虫の鳴き声の中、太陽が林に隠れ、ほんの少しだけ涼しくなる。その涼しい空気を胸に取り込む。

「こんなに長い石段だとは……私思いませんでした」

「大丈夫ですか、瑠璃子さん。ここいらで一度休憩しますか」

「良いのです。私、負けません」

 やがて頂上に着く。頂上はシン、と静まり返っており、神聖な雰囲気が漂っている。赤い旗と大きな石造りの鳥居が参拝者たちを出迎えた。

「すごい……。大きいですね渉さん」

「ええ、ちょっと失礼しますね」

 渉は社殿に向かい、お辞儀をしてから石造りの鳥居の裏をしげしげと観察した。

「これは最近作られたものですね。大正八年だ」

「まあ、そんなこと書いてあるのですか」

 瑠璃子は目を瞬かせた。

「最近のものはこんな感じでよく書かれているのです。さあ、瑠璃子さんお参りしましょう」

 二人は参道を手をつなぎながら歩いた。社殿は近年に再建されたものらしく、まだ新しいものであった。賽銭箱に一銭を入れ二人は柏手を打つ。虫たちの大合唱が一瞬だけ止まった。瑠璃子は渉の幸せを。渉は瑠璃子の幸福を願う。やがて、二人は顔を上げると、そうっと社殿に団子を置き、行きと同じように手をつないだ。

「渉さん、渉さんは何を願いましたか」

「内緒です。瑠璃子さんは」

「渉さんが言わないなら、私も言わないです。ちゃんと論文のことをお願いしましたか」

「サア……どうでしょうね」

 じゃれあいながら二人は石段を下っていく。その様子を後ろからきつねが一匹ちょこんと見ていたのである。

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