姉妹
彼女は入学式で一際目立っていた。生糸のように白い肌。黒々とした中に光が当たると少しだけ茶色に見える髪。そして青空よりも深い青。周りの女学生とは全く違う容姿。彼女は悪目立ちをしていた。同級生たちがひそひそと噂する中、僕は彼女に心惹かれていた。
今日も同期生にも遠巻きにされている。僕はブーツをかつかつと鳴らしながら彼女に近づいて行った。彼女は教室の中、俯いてひたすらに本を読んでいた。
「ねえ、何の本を読んでいらっしゃるの」
僕はお行儀のよい言葉で彼女に語りかける。僕は学校にいるときは本当の自分を隠して生活をしている。でも彼女の「本当の自分」は隠しきれていない。人間は群れを成す生き物だ。異質な存在であるものを排除したがる性質がある。僕は群れの中にできるだけいたかった。でも彼女は違う。どうしてもいれない人間なのだ。そんな彼女はどうやって生活をしているのか、興味がわいたのだ。彼女はぱっと顔を上げる。とても綺麗な目で僕の方を迷いなく見つめてくる。
「はい。『銀のみち一条』です。あの、貴女様は」
知らないのも当然であろう。僕は上級生なのだから。教室では下級生の女の子たちがきゃいきゃいと騒いでいる。僕は不快に思う。
「小西ふみですわ。貴女、ちょっと散歩に行かなくて」
「ええ、はい」
僕は思わず散歩に誘う。少し前、学校を辞めていったお姉様と同じように。学校は緑に囲まれている。僕たちは四月の暖かい陽気の中、ふらふらと学校の庭園を散歩した。
「あの、その、声をかけてくださってありがとうございます」
「構わなくてよ。それより貴女。貴女は名前は」
「結城瑠璃子と申します。ふみ様」
彼女は鈴の音を転がすようにかわいらしい澄んだ声を放つ。
「そう。では瑠璃子と呼んでもよくて」
「はい。あの、私にどのようなご用件が」
瑠璃子は足を止める。不安そうな様子だ。それもそうだろう。いきなり顔も知らない人間に話しかけられて、散歩に誘われたのだから。
「一言いいたくって」
「何でしょう」
「貴女、とっても綺麗な瞳をしててよ。貴女の名前とぴったりの瞳の色ね」
瑠璃子は顔をぱっと上げた。心なしか嬉しそうだ。
「ありがとうございます。あの、私異人とのあいの子なんです。皆とは仲良くしたいのですが、眼と肌の色のせいか遠巻きにされちゃって。話しかけても皆さんすぐに切り上げちゃうのです」
こんなにいじらしく人と仲良くしようとしているのに。僕は苛立ちを抱えていた。
「あら。それは可哀想に。ねえ瑠璃子」
僕は瑠璃子の両手をとり、囁いた。
「瑠璃子と私、姉妹になりましょう」
「姉妹ですか」
「そうよ。姉妹。この学校に姉がいれば貴女も寂しくないでしょう。それに私、この学校で下級生だったころはそれなりに引く手数多だったの」
この罪なき少女は姉妹の意味を解っているのか。学校を退学もできない女から告白される意味はきっと知らないであろう。
「構いません。お姉様、今後ともよろしくお願いいたしますわ」
今度は彼女の即答に驚かされる番であった。
「貴女、姉妹の意味を解ってらして」
「ええ。解っております。友情と愛情を互いに持つ関係性ですよね」
「解っていてなぜ貴女即答されたのかしら。皆と仲良くしたいのなら、姉なんて持つべきではないのに」
瑠璃子は手を口に当てて微笑んだ。その優美な仕草が僕の心をとらえて離さない。
「私、仲良くしたいって言って下さる方と仲良くしたいですし、それにお姉様の心はひどく美しいものだと思うからです」
僕の心は美しくなんかない。仮初の僕を彼女は見ているだけなのに、そう言ってくれるのが嬉しかった。僕は岡惚れを瑠璃子にしているだけなのだ。
こうして、瑠璃子と僕は姉妹になった。いつでも一緒にいた。しかし、あるとき瑠璃子は学校に来なくなった。おかしい、と思い僕は学校帰りに瑠璃子の家に行く。瑠璃子の家は学校から歩いて十五分くらいの場所だ。急こう配の坂を下り、僕は歩く。瑠璃子の邸宅が見えてきた。僕は玄関をノックする。人の好さそうな女中が出てきた。
「瑠璃子さんの学校の友達です。瑠璃子さんは御在宅ですか」
「ええ。でも学校の友達に会うかどうか…ちょっとお待ちくださいね」
「いえ、一緒に行かせていただきます」
僕は瑠璃子の部屋に女中と一緒に向かう。瑠璃子の部屋を女中がノックする。
「お嬢様、お友達がお見えですよ」
「私に友達はおりません」
中から冷たい声がする。本当に瑠璃子なのかと疑うような声だ。僕は思わず、声を張り上げる。
「瑠璃子、私ですわ。」
「お姉様……」
瑠璃子が部屋から顔を覗かせた。久しぶりに逢えた瑠璃子の顔はひどくやつれている。
「どうしたんだい、瑠璃子」
「お姉様。ああお姉様」
瑠璃子の瞳から涙があふれる。僕は狼狽えながら瑠璃子にハンカチを差し出した。
「お姉様。実はこんな手紙が来たので……学校に行くのが怖くなりました」
くしゃくしゃの手紙を瑠璃子は差し出してきた。中身を読めば、瑠璃子に惚れている。今のお姉様は不必要である。学校に来て僕と一緒にいるのが堪えられないなどなどが書かれていた。恐らく妹がいない同級生であろう。
「大丈夫、瑠璃子。私は腕っぷしだけは強いのよ。こんな脅しに貴女がおびえる必要はないわ。明日から学校に一緒に行きましょう」
瑠璃子の頭を僕はそっと撫でる。僕の中で大体目星はついている。筆跡からもきっとあの子だろうと思う。僕は瑠璃子に怖い目に合わせる人は許さない。どんなことをしてでも瑠璃子を守ろうと心に決めた。
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