「あなた」と出会うまで

「異人さんとのあいのこ……いやはや、時代は変わったものですな」

 男は女の姿を見て、品定めをするように全身を眺めた。その視線に女は臆することなく、男を真正面から見つめる。男は、最近横浜で名前をよく聞くようになった事業家の紳士である。女はこの男、いやすべての男に微塵も興味を持っていなかった。与えられた写真と釣り書は一応見た。父によれば裸一貫で事業をおこし、先の戦争で大きく財を成した戦争成金ではあるが、そのまま没落することなく財を保持し続けているという「凄腕」の男であるそうだ。女は父の思惑を見抜いていた。そう、父はこの男の商才と家同士の縁が欲しくて女を嫁がせるつもりである。女は結婚自体に齢十七にして愛想をつかしていた。別に結婚をしていた訳ではない。ただ、愛もなく、お金や家柄のために寄ってくる男たちに自分が「恋」や「愛すること」が出来ないと思っていたからであった。そのため、女は勉学に励み、家業を継ぐ弟の手伝いをしようと思っていた。もちろん、結婚は生涯する気が無かった。

「ところで、結城さんの母君はどこのお国の出身ですかな」

 男は身を乗り出してくる。気色悪い、と女は思った。女は表情を変えることなく、黙りこくったままだ。

「恥じらいも大事ですが、この席は相手をよく知るために設けられたものですぞ」

 恥じらいではない。そもそも会話する気が女には無いのだ。女は沈黙は金と言わんばかりである。その様子にだんだんと男が苛立ち始めた。女は負けじと男を真正面に見据え、無心になる。隣で、仲人の婦人が狼狽えている。女はまたこの展開が繰り返されるのか、と思った。男性が苛立ち、仲人の婦人が狼狽える展開は幾度となく繰り返されていた。女はすでにそれを数えるのは止めていた。

「結城さん。私は貴女の写真を見て、一目で美しい人だと分かった。しかし、こんなに冷たい方だとは思わなかった」

 女は初めて口を開く。

「そうですか」

 男は黙って立ち上がり、そのまま部屋から出ていった。仲人の婦人はまたか、といわんばかりに溜息をつく。女はその様子を冷たく見つめていた。

「お父君を呼んでまいります」

 仲人の婦人はそっと立ち上がり、女を見ることなく、部屋を出ていった。女は一人部屋に取り残される。三つの湯飲みからは湯気が立っている。ああ、今回の男は短気であった、と女は思う。骨のある男ならば、茶が冷めるまで延々と話し続けるのに、と女は今までの幾多となく繰り返されてきた見合いを思い返した。やがて襖がからりと開き、父と仲人の婦人が現れた。

「瑠璃子、なんだ。今回の男も気に入らなかったのか」

「お父様、私が気に入る男性は現れませんよ。そう、一生……」

「そんな悲しいことをいうな、瑠璃子。父はな、お前が幸せになる姿が見たいのだ。今のお前は、日光の冷たい氷のような顔をしているぞ」

「失礼致しました。お父様。」

 女は深々と頭を下げる。しかし、一方で父のいうことは嘘だと女は思った。幸せな姿を見たいのであれば、なぜこんな女にとって苦行を繰り返すのかわからないのだ。

「もういい、瑠璃子帰ろう。」

「かしこまりました。お父様」

 女は淡々とそれに答える。女が立ち上がり、自分の手のひらを見ると、いつものように爪の痕がついている。女は今回もよく我慢した、と思った。

 漆黒の自家用車に乗る。父は溜息をつき、頬杖をついている。女は手を膝の上に乗せ、表情をつくることなく、人形のようにそこに座る。

「瑠璃子、瑠璃子や。そんなに怒らないでおくれ」

「怒ってなど、おりません。そう、お父様は私の幸せを願って下さっているのですから」

「そうか、ありがとう。瑠璃子や。では、またお前を幸せにできそうな男をきっと見つけてくるから、それまで勉学に励み美しく健やかに育っておくれ」

 ガス灯が街を照らしている。女は車窓からそれを覗く。ガス灯の灯りは蛍の群とは違い、お行儀よく並んでいる。その中で、一つだけ切れているガス灯を見つける。

 世間の女性たちはガス灯のように明るく、綺麗に振る舞っている。女は自分が、切れたガス灯だと思う。世間から外れた容姿を持ち、明るく綺麗に振る舞えない。本や世間では幸福な結婚をしているかと思いきや、そうではない人も大勢いる。ましてや、この都市部では。自分は資産家の家に産まれ、幸福な結婚が約束されていない。自分は家族に愛されていればいい、新しい家族は作らない。そうとだけ女は思った。

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