第2話 さめないスープ。
男が産まれたその町にはたった一つだけ名産品がある。
ビールだ。この町のビールは町の内外関わらず皆が好む。
ただし、それは男だけは違う。男はビールを好きになれなかった。それは味やにおいの問題でなく、いくら飲んでも酔えなかったからだ。酔うためにいろいろな種類、呑み方、量などとあらゆる方法を試みても憧れの「酔い」は手に入らなかった。
周りの人間はビールで酔うことを楽しんでいる。が、己だけはビールで酔えない。
覚めぬ町に、酔えない男。ここまでアンマッチな組み合わせもないだろう。
唯一麦酒に酔えぬ彼の孤独は時とともに深くなった。そうしていつしかその男はいつも己と同じ『酔えない男』を求めていた。
ある日、男はこんな噂を耳にした。
二つの山を越え、荒野を進んだ先。ひとつ小さな村がある。そこに住んでいる人々は誰一人としてビールに酔わない。
それこそ酔っぱらいの戯言かもしれないが、男は噂を聞き、すぐに荷物をまとめ町をでた。
山一つに二時間。もう一つ越えて四時間。おまけに荒野を進み合計移動時間は九時間もかかった。
だが、男にはそれも些細な事。もうすぐ待ちに待った『酔えない男』に会える。それも町一つ分のだ。
到着した町はひどく殺風景であった。家々には装飾など一切なく、娯楽施設らしいものも見当たらない。あるとすればそれは小さな古びたレストラン一店のみだ。
とりあえず、他に行くところもないのでそのレストランに入ることにした。
レストランのドアを開けた彼を迎えたのは、町で最も聞いた音。すなわち酔っぱらいの馬鹿笑いであった。
「らっしゃい。とりあえずコーンスープでいいか」
半ば方針中であった彼をその一言が目覚めさせた。目覚めた彼は店の人に事情を話した。
「あぁ、なるほど。そりゃ皆酒には酔ってねぇよ。こいつに酔っているんだ」
店の人間は彼に一杯のコーンスープを配膳した。スープを見ても、黄色と白を混ぜた様な別段変わっている部分など何もない。普通のコーンスープだ。
男は少し面食らったが、酔えることに変わりはない。
スープを飲もうと手を伸ばした時、店の人間はその手を阻んだ。
「一つ、約束してくれ。このスープはいわば報酬なんだ。町の人間はスープで酔う為にありとあらゆる忍耐をし、その日の最後の楽しみとしてこの覚めないすーおうを飲むんだ。だから君、スープに酔ったならばこの町で禁欲の日々を過ごすと約束してくれ。」
男は急な申し出に少々戸惑ったが、もとより酔い以上に求めるものもない。
男は覚悟を決め、を一息に飲み干した。
「どうだい。酔っちまったろ」
男は違和感を感じた。何も変わっていないのだ。量が少ないのか。もう一杯申し出るも断られてしまった。
「あんたはきっと何にも酔えないよ」
「なんでだ!ほかの人はみんな何かに酔っている!この町もあの町もみんな酔ってる!ならなんで俺だけが酔えないんだ!」
「そりゃ、多分違う。あんた常に酔ってんだよ。自分に酔ってんだよ。自分だけが何かに酔ってないその事実そのものに酔ってんだよ」
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