多少奇妙な物語
井石 諦目
第1話 超年こし
例年のように、彼らは炬燵の中で大晦日を過ごしていた。男女二人が食べるには少々安上がり過ぎる鍋をつつき、シメは蕎麦。そうして炬燵から一切出ずにのんびり過ごすのだ。
そんな二人は現在、ストロングな酒を呷りながらテレビを見ている。鍋の具材もなくなり、あとは蕎麦を食すのみとなっていた。
「今年結構おもしろいね。舞台【大江戸】にしてはバスとか普通にでてるけど」
「一二三さんにアドリブで水戸黄門させるのはどうかとおもうけど」
「それがいいんじゃん。いいなー私も江戸時代体験とかしてみたい」
「どこ見てそう思ったの。ケツ叩かれてる絵がメインだけど。俺江戸時代より未来に行きたいなぁ。」
「えー、未来いくぐらいなら昔のがよくない」
男は反論しかけたが、年の瀬に言い争いのようになっても面白くないと思い、話の方向を変えることにした。
「あー、ま確かに。…それより蕎麦どうする?もうやっちゃう?」
「もうちょい後にしよ」
二人はこんな会話をしながら酒と炬燵のぬくもりを満喫していた。
ふと、女がこんなことを言った。
「昔年越しの瞬間にジャンプするのはやったじゃん?あれしない?」
「なんで?」
「年を越すんだー!って感じあることしたいなって。いつもダラーっといつの間にか年越しちゃってるし」
「…たまにはいっか。よしやろう」
二人は酔ってることもあり、普段ならしないであろうことをすることになった。
いっせーの、っせ!
二人は12時ちょうど。今日であり明日であり昨日でもあるその瞬間、二人は宙に浮いた。
すとん、と着地した瞬間二人は異変に気が付いた。
先ほどまでの炬燵と鍋は囲炉裏に代わり、テレビの音は除夜の鐘の音へと変わってしまったのだ。
「え。どこここ」
「え、と江戸時代…じゃない?さっきこんな感じのテレビに出てたし」
「いやなんでよ」
「年越し過ぎたんじゃない…?ほら、今ジャンプしちゃったし」
二人とも「んなわけ」と思いつつも、この唐突極まるタイムトラベルに他の理由を見出せずにいた。
「もしかしたら、さっきのテレビのせいでこっちに意識引っ張られちゃったんじゃない?」
「…だったら今度は未来に行きたいって思えば」
二人はなんとか元の家に帰り蕎麦を食うためもう一度飛んでみることにした。
今度は未来へ。いっせーの、っせ!
着地すると、そこは確かに未来であった。が、未来すぎた。あたり一面が幾何学的な金属に囲まれ、目の前には彼らの全く知らない生命体がいる。
彼らは恐怖を覚えた。なんだこの常識を三段跳びした生命体は。
二人はとにかく過去に行こうという一心でもう一度ジャンプした。
とにかく過去へ。いっせーの、っせ!
着地すると、今度は何もない草原であった。背の低い草が生い茂り、ぽつりぽつりと木々が立っている。
どこなのかはわからないが、とにかく過去に来られた。さぁ、気を取り直して今度こそあの蕎麦の下へ戻ろう。
そう考え、二人はまたジャンプをした。
今度こそあの蕎麦へ。いっせーの、っせ!
着地したが、なにも起きていない。相も変わらず殺風景な景色が広がるだけだ。
二人は何度も何度もジャンプしたが全く何も変化しない。
そうしてようやく彼らは理解した。
人の存在する以前、つまり暦という考えや概念が生まれる以前に来てしまったのだと。
そうして彼らは世界で最も有名な本に記載される『あの』超有名人となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます