月暦16 護りたい人
その声の主は蓬だった。
この話を聞かれていたらまずい。だが、さっきまで気配はしなかった。能力で気配を消していたのだろうか。
「どっから聞いてたんだ、スグ。」
スグとは蓬俊一のことだ。月影は昔からスグと呼んでいる。
「あいつを捨てる捨てないからだね。」
「…」
世凪は黙って蓬と目も合わせようとしない。それを察した月影が笑う。
「スグ、まだ嫌われてんの?」
「まあね。さっきは狼に例えられたし。」
「それはお似合いだ。血が大好きだもんな。」
「血液操作のコウに言われたくない。」
コウは月影の名前をもじったあだ名だ。彼は自分の名前が嫌いであるため、名前で呼ばれることを嫌う。
「血が見たくて本当に人を殺めちまう馬鹿と一緒にしないで…ん?」
世凪が月影の袖を引っ張った。うつむき、震え、小さい声で何か言っている。
「世凪にこの話はNGだったか。んで、そこの狼。お前はなにしに来た。盗み聞きか?」
「いいや、世凪とまだきちんと話していないからな。」
「世凪は話したくなさそうだが?」
「…いや、ここに来たからには話さないと…」
世凪はどうにか声を出した。この詰まるような喉は何なのだろうか。
水の中で声を出しているような感覚だ。
月影は眉間にシワを寄せ、世凪の腕を引っ張った。
「世凪、あんた守りたいんだろ。」
「えっ…なんで…」
「話聞いてりゃ分かる。でも、自分の身は本当に気をつけろ。
俺も警戒はしておくが、必ずしも守れる自信はない。そういう意味でもあいつを捨てるべきじゃない。
自分の立場を理解して生活しとけ。」
「そんなの、だいぶ前から承知済みです。それにたった一回勝っただけでいい気にならないでください。
私は自分の身は自分で守ります。」
「じゃあその狼と去年、おととしの話しをしてあげな。そいつに何かされたら悲鳴上げろ。畔柳が駆けつけてくれる。」
「それは嫌です。」
「スグ、余計な話はするなよ。」
「わかってる。世凪、外は風が冷たくなってきた。中に入って話をしよう。」
「はい…」
「どこでなら話しやすい?」
「…屋上の室内庭園なら…今は人がいないかと…」
「では、エレベーターホールへ向かおう。」
「はい…」
世凪は相当、彼のことを警戒していた。
彼もまた、世凪に警戒されていることをわかって、自ら距離を取った。
* * *
屋上庭園は様々な珍しい植物が植えられていた。夜になると発光する植物もあり、とても幻想的な景色だ。
空を見上げれば、雲はなく、月が満ちていた。
2人はベンチに腰掛け、話し始めた。
「元気か。」
「はい。」
「月影とあんなに親しかったんだな。」
「同じ学校のクラスメイトですから。」
「…学校は楽しいか」
「はい。」
「それで、去年と一昨年、何があったんだ。」
「…一昨年は8月ごろ、3年生の先輩に家のことを聞かれ、能力による攻撃をされました。その人は大した力量ではなかったので、身動きを封じました。その後、先輩は受験で休んでいると聞きました。卒業式も学校に来ることはなかったです。つぎに3月、飲み物に毒が混入していました。混入したのは体育科の教師でした。黒園のおかげで仕組んだ人間はわかったもののその教師は失踪しました。翌年の5月、PTAにより私の行動が学生として不適切だと取り上げられました。名前は伏せられてはいたものの母は呼び出され、私は保護者の影響で知った生徒や友人に冷たい目を向けられました。でも、彼ら彼女らが居たおかげで私は救われました。いまだに偏見を持つ人はいますけど。その後、12月から誰かわからない人間に付き纏われています。」
付き纏う人間と内通者は別だ。その事は畔柳の言い方で分かった。内通者が優秀ならば、あからさまな脅迫はしてこないだろう。
「今もか」
「はい。ですが、背中を取られる事はありません。」
「ちなみに数は?」
「…正直いうと、相当な数かと。毎日違う人間が所々にいますから。」
「…その人数なら反社会勢力だな。」
「そうとは限らないかも知れません。私は知らない間に恨みを買っているのかも知れませんから。」
「皮肉だな。どちらにせよ、護衛を増やす。ただ、こちらも魔道族の調査で人手が足りない。だから、そこにいるやつを使え。」
影から覗き見していたのは、若桜のいとこ。
若桜紫月だった。彼は現在大学を卒業したばかりだ。
「もともと若桜と同じぐらいの力量を持っていたからこちらで雇おうとしていたんだが、そちらで使うといい。」
「いいえ、不要です。私は黒園との契約も切る予定です。護衛を減らします。」
「許可しない。お前の命を第一優先に考える。水芽、お前は利用するために存在しているんだ。ここで命絶えれば、全てが終わる。」
「いいえ、だからこそです。私は利用することができる兵器です。そんな私が人間を盾になど出来ません。」
「自らを卑下するな。彼らを脆いと思っているお前が一番最低だ。紫月、水芽のために動けるようにしとけ。」
「はい。」
「下がれ。」
紫月は部屋から退出した。
世凪は納得のいってなさそうな顔をしているが、それは蓬も同じだ。
「自覚をしろ。」
蓬は強制させるような目でそれだけ告げて屋上庭園から姿を消した。そのすぐ後に、畔柳が入ってきた。
彼の手にはブランケットが抱えられていた。
「絶対に嫌だ。誰も巻き込ませない。」
世凪の思いは心の中にとどまらず、口に出して現れた。
「(主、お嬢を放っておくなってことか。)」
畔柳は蓬と意見が一致していた。
だからなのか何もいえずにそっとブランケットを肩にかけた。
能ある者は身を隠し 嶺咲よと @nankyokupenguin
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