月暦14 演技する人々

「えっ?!」


「…はあ」



畔柳はだいぶ困ったし、焦った。

世凪が顔を隠すように、畔柳の背中に躊躇なく触れる。



「ちょっ、お嬢。流石にそれはまずいって」


「…顔見たくない。」


「その前に俺の心臓がもたない。さすがに顔は合わせてあげて。」


「…」



世凪はゆっくり顔を出す。目の前には身長175センチほどの黒い髪の少年。黒マスクをしていて口元はわからないが、白い肌、黒い左眼と赤い右眼。いや赤ではない、緋だ。血の色のような眼をしている。その目を見れば、誰もが服従してしまうような、危険な目。だが、どうも吸い寄せられて、見ていたくなる狂気のような目。スーツ姿のその少年は口を開く。



「お久しぶり、水芽。」


「…お久しぶりです…蓬さん。」


「畔柳に随分懐いたみたいだね。」


「懐いてません。狼とコウモリならコウモリが良かっただけです。」


「フッ…クスクス」



畔柳は吹き出したが、懸命に笑いを堪える。

蓬はいつも通り、感情がわからない。



「水芽が俺のことを嫌いなのはわかった。そろそろテラスに戻れ。俺も戻らないと行けないしな。」


「…失礼しました。」



部屋を出たとき、蓬が何かに気づいたようだ。



「水芽」


「…なんでしょう。」


「この部屋のナンバーは知ってるか?」


「いいえ。」


「主、少しは俺を信じてくださいよー」


「…人の部屋に入っておいてなにを言ってるんだか。知らないならいい。」


「…?」



蓬は隣の部屋へ戻り、二人はテラスへと戻った。



* * *



「予想はしてたけど…来客用衣装もほとんど黒ね。」


「うわっ、スケスケ。お嬢これ着る?」


「絶対着ない。」


「えー。主に見せびらかしたら面白そうなのに。」


「やめなさい。」



世凪は晩餐会用の服を持参してこなかったため、建物内に用意されている服を借りることにした。だが、もちろんこの建物を私有している蓬のセンスであるため、黒服ばかりである。



「…黒はダメなの?」


「あの人が選んだみたいじゃない。」


「なるほどね。じゃあ、白は?」


「この年で白着てたらウェディングドレスみたいでしょ。」


「確かに。じゃあ、やっぱり水色だね。お嬢の髪の色。」


「…そう、だね…」


「となると、露出が一番少なくてこれなんだよ。」


「それ…胸がない私に着せる?」


「お嬢、Cでしょ?大丈夫ですよ。」


「なんで知ってんの、気持ち悪っ。」


「お嬢の身辺調査を依頼されてたんでね。」


「胸のサイズは身辺調査じゃないでしょうが…」



世凪は畔柳に渡された水色のロングドレスに着替えた。

綺麗な小花の刺繍。肩から編み上げ部分には、縫い付けショールのようなデザインで、ふんわりと腕を包む。

背中は編み上げになっており、所々透けているが、そんなに目立つほどではない。



「畔柳、手伝ってくれる?」


「はいはーい」



化粧も直し、髪型もドレスを見せるためにまとめあげ、ギブソンタックに。



「できたよ、お嬢。」


「ありがとう」


「ここからは僕がエスコート…と言いたいところだけど、外で世凪秋悟様がお待ちしております。」


「では、そこまでエスコートして頂戴。」


「承知しました。」



世凪は畔柳にエスコートしてもらったのち、父の手を借り、会場へと入った。

煌びやかな装飾、料理、人々。音楽まで華やかだ。



「水芽、俺は挨拶してくるから、料理でも食べててくれるか?」


「はい。」



世凪はテーブルにある料理を盛り付け、会場の隅で一人、食べていた。

あの人が話しかけてくるのを待ちながら。



「こんばんは、お久しぶりです。世凪水芽様。」



その顔は全くお久しぶりではない顔だった。



「あら、お久しぶりだなんてお得意の御冗談かしら?ご無沙汰しております、の間違いでしょう?」


「水芽様も随分と堕ちましたね。昔はもっと清楚で可愛らしく、綺麗なお言葉遣いであったと思われるのですが。」


「私としてはあなた相手にこの話し方とは、どうも気に食わなくて、失礼を致しました。まさか、あなたがこれに参加するとは思いもしませんでしたよ。」


「それは私のセリフかと。一応、私は当主という肩書を持ち合わせていますので。」


「存じてますよ。先ほどいらしたものね。十五夜会議を拝見させていただきましたから。」


「はしたないことはなさらないほうがよろしいかと。悪趣味ですよ。」


「そうね。

ちなみに、この後ご予定はあるのかしら?」


「ええ、まあ。ご挨拶に回らなければなりませんので。」


「会場入りして早々、私の元に来るなんてあなたぐらいよ。」


「それはお褒めの言葉を頂戴したと受け取ってよろしいでしょうか?」


「好きになさって。では、挨拶回りが終わったら、テラスへいらしてください。」


「お酒を交わさない男ですが宜しいですか?」


「あら、奇遇ね。私もよ。」


「水芽お嬢様に思いを寄せる人がいるのですか?」


「皮肉ですか。存じていらっしゃるのに。

それに、水芽お嬢様という呼称は無礼とみなします。」


「それは失礼。ちなみに私は溺愛している者がいるので。」


「惚気は頂戴していませんよ。

それに、普段から見させていただいてますし。」


「悪趣味ですよ。」


「そうかしら。あなたの方が悪趣味を持ち合わせているのではないかと。」


「何を根拠におっしゃるのです。」


「あの日、脅してきたことですよ。あれのおかげで今日、ここに来ることは予想できていましたし。」


「手合わせ願えますか?」


「ええ、もちろん。」


「では後ほど、地下の闘技場を借りましょう。」


「いいですね。ここにいては暇ですし。」


「それに私はあなたに聞きたいことが少々あるので。」


「それは是非とも承りたいですね。では、失礼いたします。」


「ええ、恐れ入ります。月影様。」



彼はグラスを片手に迷わず蓬のもとへと向かっていった。

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