月暦12 人を欺く者たち

世凪と父親を乗せた車は西洋造りの築年数はまだ浅そうな白い建物の敷地内へと入った。地下駐車場に着く。

世凪の顔は蒼白となり果てていた。

地下駐車場に車を止めた父親に、世凪が口を開いた。



「お父さん、騙したのね…」


「…ああ。お前も15になる。そろそろ顔を出さないとまずいんだよ。」



世凪の手は震え、その場から動かない様子だ。そこに、1人の男がこちらに向かって来る。彼は車の助手席、つまり、世凪が座っているドアを開けた。



「お久しぶりですね。

ご機嫌いかがかな、お嬢さん。」



そのお嬢さんという呼ばれ方に世凪は我にかえる。その男の方に視線を向ける。青い髪、細い腕、細い脚、高い背、歪んだ声。黒いスーツ。シルバーのネクタイ。

世凪は一瞬で外向けの笑顔を作る。



「…お久しぶりです。若桜さん。」


「お名前覚えていらしたのですね。

さあ、どうぞ。世凪秋悟様は第一会議室に、世凪水芽お嬢様は、テラスの方に。皆様お集まりですよ。」


「ひとつ宜しいですか?」


「どうぞ、お嬢さん。」


「参加者名簿を拝見させてください。」


「こちらになります。」



十五の家が参加している中で誰がいるのか、名前と顔を一致させなければならなかった。

世凪は一瞬、顔の緊張を緩めた。



「ありがとうございます。」


「いえいえ。」



* * *



ランチとお茶会は当主の十五家と親族たちで別々の部屋となっている。お茶会が終わると世間話をするためにあちらこちらの部屋で生々しい会話が繰り広げられ、夜になれば華やかな光景になる。



「(光乃みつのちゃんがいたら、何時間も一人でいることにはならないのにな…)」


「お嬢さん、こちらです。」



部屋に入ると、小さい子供から老婦人までたくさんの人がいた。一斉に視線が世凪の方に向く。緊張しながらも、昔の感覚を思い出した。背筋を伸ばし、肩を開き、顎を引き、膝はあまり曲げずに真っ直ぐ歩く。そして、爽やかな笑顔。



「失礼いたします。わたくし、世凪家当主世凪秋悟の長女、世凪水芽と申します。お会いできて嬉しく思います。」



世凪は腰からすっと頭を下げた。顔を上げたとき、冷たい大人たちの視線は感じたが、幼い数人の子供たちは目をキラキラと輝かせていた。



「(まるで昔の私ね)」



子供たちが遊び相手を見つけたかのように走ってきた。



「おねぇーちゃん!かわいい!おひめさまみたい!」


「おれねおれね!ここの外でね!おにごっこしてたんだよ!」


「あらあら、ごめんなさい?世凪さん。

本日はお母様とご一緒ではないみたいね。顔がお母様にそっくりですこと。では、失礼。」



子供たちの母親らしき人が嫌味だけを言い、子供を外に連れ出した。



「お久しぶりですね、お嬢。

久しぶりってほどでもないけどね。」



世凪は一気に距離を取った。

その声の主を知っていたからだ。




「そうですね、畔柳さん。お元気そうでなによりです。ではまた…」


「逃げるんですか、お嬢。こっちには素晴らしい写真があるのに。」


「…?」



彼が差し出してきた写真には私と見慣れた少年が映り込んでいた。



「なんで…なんであなたが私の教室から写真を撮っているの?」



畔柳が持っている、少年が映り込んでいた写真を見た時、どのタイミングで撮られたものなのかすぐに分かった。だがしかし、その時間では彼、畔柳が撮影場所である教室に入ることなど不可能なのだ。となれば、誰かが協力したとしか思えない。



「優秀な人間を雇っただけだよ。」


「誰があなたに指示したの。あなたは私になんて興味ないじゃない。」



周りに聞こえないようにこそこそと話す二人に疑いの目が向けられた。

畔柳は場所を変えて話そうと部屋を移動した。



「おいで、面白いものを見せてあげる。」


「はあ…?」



畔柳が入ったのは当主たちが集う最上階の天満月の部屋の隣、幻月の部屋だった。

その部屋は十五家で絶対的権力を持つ蓬家の当主のみしか入れないと言われている部屋だ。

そんなわけで、セキュリティも万全であり、カード、暗証番号、指紋認証、鍵、顔認証の五つを通らなければならない。



「畔柳、いくらなんでも無理よ。あの人が作ったセキュリティは誰も掻い潜らないわ。」


「俺をなんだと思ってるのかな、お嬢。

主の左手ですよ?」



畔柳と蓬と若桜の3人しか持っていない鍵を取り出し、一つ目の解除クリア。次に持参してきた指紋で二つ目の解除クリア。カードは入手してきたのか作ったのか知らないが、難なく三つ目の解除クリア。四つ目の顔認証、普段からマスクをつけている主ならこれは避ける方法があると見込み、予想的中で解除クリア。最後が問題だった。



「暗証番号か…主が好きな番号ねぇ…」


「あの人のことだから、誕生日やスマホのロックなんかと同じにするなんて馬鹿なことしないものね。」


「お嬢、言葉遣いが崩れてきてますねぇ。

でも、この感じだと、俺と若桜でもわかるようなものなんじゃないか?」


「10桁よ?当てられないでしょ。」


「…あ、試しに押してみるか。」


「思いついたの?」


「お嬢には言えないね。」


「言わなくていいわよ。」



畔柳は10桁押していく。

"1111101001"



「さすが、主…」


「わかったの?」


「お嬢、開いたよ。入ってどうぞ。

ナンバー、お嬢もわかるんじゃないかな?」


「無理。」



二人は幻月の部屋へと入っていった。

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