月暦9 ターゲットにされた人たち

「ハァハァ…きっつい…」


「もうちょっと…がんばってよ…ハァ…」



若倉が息を切らしている。世凪も息を切らしてはいるが、若倉ほどではない。2人の首筋に汗が伝う。体が熱を帯びている。



「お前ら、なに休んでんだ。まだ終わってねぇぞ。」


「ハァ…もう無理」


「千火、時間だよ…」



世凪が時計を指差す。校庭で練習していた生徒たちがぞろぞろと校舎へ流れていく。

黒園は息を切らしている様子が全くない。

サボっていたわけでもない。



「クソ…クラス対抗リレーなんてやりたくねぇ…大体なんで星合が出ないんだよ…」


「弱音はいてんじゃねぇ、若倉。

そうだ。門海、放課後練できるか?」



門海はバトンを片付けていた。

身長が高く、キリッとした目を持ち、大人っぽい印象を受ける。中3とは思えない美少女だ。気が強く、思ったことをすぐ口にしてしまう性格から悪魔というあだ名が付けられている。発信者は同じクラスの小川だ。




「私無理。委員会の方行かないとだから。」


「わあった。本橋は体育祭の実行委員でいないから、月影か。んじゃ、若倉。月影に放課後練あるって伝えといて。」


「はいよ。」


「世凪、そっちは関城と大川に伝えといてくれ。」


「わかった。」



能力祭、能力を利用して競い合う祭り。その準備が各学年、クラス、実行委員、生徒会で行われている真っ最中だ。

能力祭は前夜祭、1日目、最終日と3日かけて暑き戦いが行われる。そんな祭りの準備ときたら、1週間の授業を潰してでも行われる。


そんな能力祭に、能力の使用が禁止されている種目が3つある。リレー、長距離、二人三脚の三つだ。

リレーメンバーはクラスの男女共に4人ずつ、計8人でバトンをつなぐものになっている。



女子は


高速移動能力を持つ大川美咲、


一時的に物体に命を宿らせる能力を持つ門海なつひ、


火を操作する能力を持つ関城めぐ、


予知能力を持つ世凪の4人。




男子は


関城と同じく火を操作する黒園千火、


能力無効化の月影、


自念による物体破壊の本橋久太、


飛行能力を持つ若倉の4人だ。




「黒園はやっぱエースだわ…剣術だっけ?あいつがやってんの。」


「千火は季節に関係なく弓道と剣術、夏はライフセーバー、冬はスノボだったはず。まさにスポーツ男子だね…」


「そういや、世凪は黒園を下の名前で呼ぶんだな。あれか、テレビ通話の相手か?」


「テレビ通話の相手は父親と、…

千火せんかは幼なじみだよ。なんだかんだで3年間クラス一緒だし。」



黒園千火、髪はバックにセットしていて、彼曰く寝癖を直さなくていいとのこと。髪は少々長く、染めているのかはわからないが毛先は橙色、目は三白眼のうえにつり目、それに加えて綺麗な二重。第一印象ときたら最悪だ。



「へぇー、それにしては深い仲じゃないんだな。」


「そりゃ、色々あったからねぇ…」



その意味深な言葉は世凪の口から発せられたものではなかった。大きな影が若倉と世凪の間にできていた。



「おう、月影。今日はいつもより早めだな。で、色々ってなんだ?」



今日の月影は松風と登校ではないらしい。

松風は能力祭のクラス幹部のため、朝早くから色々と動かなければならない。だからだ。



「黒園はね、昔から世凪と」


「月影、これ以上言ったら私は冗談抜きで、あんたを殺すかもしれない。」


「俺はねえ、世凪になら殺されてもいいよ。」


「それ、桜都の前で言ったら社会的死を与えるから。」


「それはイヤだなぁ。せめて、能力でお願いしたいねぇ。」


「生憎、攻撃的な能力は持ち合わせていないもので。」


「そうかなぁ。ま、この辺にしとくか。」



教室に着けばまるで会話していたことがなかったかのように表情が変わる。

さっきまでの無機質な世凪の顔も、滅多に見せることのない目が曇った不吉な月影の笑みも、教室に入ればいつも通り。

若倉はそんな2人に疑いを抱いた。


"自分を偽っているのではないか?"


2人の会話に全くついていけなかったが、月影のお得意の煽りなのだろうか、でも、あの世凪の冷え切った作り笑顔はどうもおかしい。

若倉は困惑した自分がどんな顔で教室に入ればいいのか分からなくなった。



* * *



「んで、接触はできているようだな。」



畔柳と名乗る男はスポーツイヤホンのマイクに向かって会話を始めた。



『ハイ。アレハマダナニモシラナイゴヨウスデスヨ。』



機械音声。声が残らないようにするためにわざとそうしているのだろう。身元がバレないようかなり徹底している。



「十五夜会議があることを知らないのか?」


『ハイ。トウジツモゴシュッセキサレルノカドウカ。』


「出席とはなっているが、実際のところどうなんだろうな。」


『ソレト、アナタタチノソンザイニカンヅイテイルモノガフタリホドイラッシャイマス。』


「ほう。1人はなんとなくわかるが、もう1人か。見当がつかないな。」


『アナタニチカシイヒトカト。』


「畔柳家に近しい人間ね…

同じ年頃、もしくは教員、学校関係者、保護者…あの学校…となるとあいつか?…分家のやつか?」


『ハイ。アヤシイトシカイエマセンノデマダワカリマセンガ。』


「まあいい、こっちもあの学校にコマが何人かいる。ただ、奇妙な動きを取った場合、すぐに報告してくれ。最近は魔道族のやつらの関係で何かあってからだと遅いからな。」


『ハイ、ウケタマワリマシタ。シャシンハメールデテンソウシマス。』


「報酬はもう振り込んでおいたから。お疲れ様。」



畔柳は電話を切り、転送された写真を見る。

監視対象が男と一緒に歩いてる写真が入っていた。


「付き合ってんのかなー?この2人。

そうなるとかなり不味いし、主人が殺りそうだ。そこんとこの報告が欲しかったなぁ…」



畔柳は部屋の窓から屋根に上り、各家の屋根を伝って、暗闇をかけていった。



「雇うだけ時間の無駄だったな。俺がやったほうが確実。」


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