月暦8 家庭環境の表裏

「おかえり、水芽。」


「………………ただいま。」



世凪はその男の存在に目を丸くした。何年ぶりに会うのだろう、中学の入学式以来だろうか。いざ面と向かって話すとなると、こんなにも口数が少なくなるものなのかと世凪も相手も思っている様子だ。



「お父さん、今回は帰ってきてくれたんだね。」


「そろそろ約束は守らないといけないと思ってね。」


「…ありがとう…」


「いやいや、早く中に入りなさい。」



世凪の実の父親だ。普段は仕事の都合で帰って来られない。何度か「会いに行く」とは言ってくれていたのだが、大抵その約束は潰れてしまう。世凪もこの間のテレビ通話で聞いたのだが、あまり期待していなかった。よくよく考えてみれば母親が家に帰ってきたのは父が帰ってくると告げたからだと納得する。



「…お帰りなさい、早く着替えてらっしゃい。」


「はい…」



世凪の母は父親の前でも世凪に対する態度を変えない。冷たく、他人行儀で、優しいなんてかけらも無い言葉を浴びせる。

父は勿論、娘と妻の中立の立ち位置を強いられる。それでも、父がいるといないとでは気持ちの余裕が違かった。


世凪がダイニングにつくと、料理が運ばれてきた。本当に久しぶりの母親の手料理だった。

最近は母が家に帰ってきてはいたが、世凪のために料理を作ることなんか一度もなかった。

席に着いて、手を合わせ、料理をいただく。



「いただきます。」



父親も世凪に続いて合掌した。

父は美味しい美味しいと言いながら食べるが、母親も世凪も無言だった。



「そうだ、水芽。学校はどうだ?」



父が場の空気を変えようと、世凪に近況を尋ねる。世凪は食べていた手を止めて、嬉しそうに答える。



「楽しいよ。この間は映画に行ったり、実習で協力したり、トランプしたり」


「そうかー、なんて名前の子たちと仲がいいんだ??」


「同じグループの宮浜こはくと、松風桜都、若倉有理に星合捺記、山岸陽太。あとは、大后とか月影かな。」


「月影…?それに、ダイゴってあの大后か?」


「そうだよ?」


「へぇ〜!大后くんはあれだろ。えっと、あれ、…大后武仁くん!あの可愛い子だろ?」


「なんで知ってるの…??」


「大后は俺の同期だからなあ。」



大后の父は世凪の父とよく飲みに行く関係らしい。お互いライバルだと言い張っているため、息子の名前は知ってはいたが、住んでいる場所や息子の学校なんかは全く知らなかった。どうやら2人して子供の出来で自慢し合っているようだ。



「写真見せられたことがあってね。そうかあ…あの大后の息子と親しいのかあ…」


「お父さんにもライバルなんていたんだね、びっくりだよ。」


「ライバルというか、俺の天敵だな。まあ、飲み合う仲なら悪くない。」


「へぇ〜!」



父親の仕事の話はなかなか聞いたことがなかったから、思わず笑みが溢れる世凪。

父親がどんな仕事をしているのか聞いたことはあるが、いつもはぐらかし、答えてくれることはなかった。だから未だにどんな仕事をしているのかは知らない。



「そんな喋ってないで、早く食べてくれない?冷えますし、片付けが遅くなります。」



母の冷たく、鋭い目が水芽と父親に向けられた。とても不機嫌そうな顔だ。



「…うん」


「すまないね」



世凪は俯き、父は苦笑し、2人とも再び箸を持った。

食事が終わると、父親が世凪に話があるとリビングのソファに座らせた。



「今週は家に帰ってくるつもりなんだ。」


「えっ!!」



世凪は嬉しそうに目を輝かせる。

父はそんな世凪を見て幸せそうに微笑んだ。



「ちょっと用事があってね。そうだ、水芽。来週末いっしょに出かけないか。空いてないかな?ああ、父さんと出かけるような歳じゃないか…」


「空いてるよ、お父さんと出かけたい。」


「そうか!優しいなぁ、水芽は。」


「楽しみにしてる」



* * *



「あなた、最低ね。」


「お前はすぐそう言う。」


「私はあの子を思って言ってるの。」


「普段お前がどんな態度を取っているのかぐらい、水芽を見ればわかる。」


「…!!」


「まだ引きずってんのか、ミナトのこと。」


「…そうよ!!なに?悪い?

あなたは逆にミナトの存在を消そうとしているじゃない!!」


「もう何年前の話だ。あいつはそう言う運命だったんだよ。」


「ホント、無責任よね。あなたと結婚しなければよかった。あんな子供、産むんじゃなかった。私、あなたと結婚してから後悔しかしてないわ。」



父親は酒を一気に飲み込む。



「じゃあ、離婚するか?」


「できるならしてるわよ!出来ないじゃない。あの人たちがいるせいで、今でも私は怒号を浴びせられているのよ?離婚なんかすれば、次はどうなる?そんなの、死んだほうがマシよ。」


「勝手にすればいい。」


「……



























あなたが早く死ねばいいのに。」



母親がぼそりと呟いた言葉は父親の耳には届かなかった。

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