月暦2 幸福を知らない
駅周辺は平日の夕方であるため、そろそろ帰宅ラッシュの時間に差しかかる。
人が休日ほどではないといえども少々多いので、六人は電車に乗ってから口を開いた。
最初に言葉を発したのは、宮浜の顔を見て鼻で笑っている若倉だ。
「お前が今日の午前授業を知ってたことが意外だったわ。」
「自宅学習日と午前授業日、放課後活動禁止日、あとは実習日の4つは頭に入ってるんだよ☆」
宮浜は意外にも記憶力が優れている。同級の誕生日はすべて覚えているほどだ。
「午前授業日を知ってたのに、映画を誘った日が当日とか常識なさすぎだろ。」
山岸が宮浜にいつも通りの貶しを補足する。案の定宮浜が食いつく。
「じゃあ来なきゃよかったじゃーん」
「俺は捺記がいるから来たんだし。」
「俺は呼んでない」
そんなくだらない会話をしていると電車は発車時刻になり、動き始めた。
この駅は始発駅であるため、平日の帰宅ラッシュ前なら座席に座ることができる。
だとしても、六人も座ると迷惑だと言い、男子三人は座らずにつり革をつかむことにした。
もちろんこんなことを提案できるのは若倉しかいない。だから女子に好かれるわけだ。
「なんかさ、先週にクラス替えがあったように思えないんだけど私だけ?」
世凪が照れくさくて苦笑する。クラス替えは、まさにちょうど先週のことだった。
この六人は中学1、2年で全員ではないが同じクラスになったことが部分部分であった。
現中3になって全員班が一緒であるため、活動が多く、すぐに親しくなれた。とはいっても学力やプライベートなんかの細かいことはまだ知らないことのほうが多い。
「こはくがいたからっていうのもあるよね~!こはくと同じクラスで良かったよ~」
松風が優しくほほ笑む。それはまるで天使のようにも見える。
「いや、宮浜のせいで振り回されてることもあったからな?」
「なにかあったっけー??」
褒められて今にも調子に乗り出しそうなこはくに山岸が渇を入れる。
「俺を山ちゃんとか変なあだ名をつけたり、星合のことを勝手に学級委員にしたり、実習の時に俺の …ッ!?」
電車が急停車する。でも普通の急停車ではないと普段から電車を使う若倉と山岸は違和感を感じた。
普段この電車はよく止まるのだが、その場合「急停車します」の一言がアナウンスされる。
そんな若倉の表情を見て、山岸は眼鏡を取り、周りを見渡す。
「陽太、どんな状態だ?」
「これね…電車のブレーキが変形してるね…でも制御装置働いたおかげで緊急停止で済んだっぽいな。」
窓の外を眺めていた星合がおもむろにスマホを取り出し、外の対象を連写する。
「何してんだ星合。」
若倉が星合を気に掛けると、スマホで撮っていたものを5人に開示した。
「電車が止まる前、能力が発動される前のあの感じがあったから、探して写真撮った。多分こいつ。」
「能力が発動される前のあの感じが俺にはわからねえ。」
その若倉の言葉にうなずく星合以外の人々。星合は不思議そうに
「すぐに状況を把握しようとした山岸のほうが適切な行動をとれていたと思うけど。」
と、素直に伝えた。そんな星合のせいで山岸が調子に乗っていたのはかなり長く続いた。
* * *
「ただいま帰りました。」
世凪の心臓が跳ね上がった。世凪の視線は玄関の靴に向けられている。
「遅いわね。 …!? なに、その服は。」
「…友人と遊んでいたので。」
「そんなみすぼらしい服を着て外出したの?この家の恥晒しね。あなたは生まれてきた時からそうだけど。私の視界に入らないで。はやく処分なさい。」
「…はい」
普段家にいない母親がこの日に限って家にいるからだ。世凪の顔は青ざめていた。母親の冷たい声が頭の中で何度も響く。
"あなたは生まれた時からそうだけど"
物音を立てないように階段をかけ上がり、部屋に入った。
部屋に入ってすぐに着ていたローズピンクのパーカーを脱ぎ、その場でしゃがみこんだ。
「…もう…いやだ…」
顔をパーカーで隠すようにして呟いた。
泣いてはいけない。私は幸せになってはならないのだと自分で自分に強く言い聞かせた。
"私に幸せという感情ができた瞬間に
それらがすべて摘み取られる"
苦しみ、それだけが先ほどの時間を掻き消し、世凪の感情を埋め尽くす。
「……ミナト……」
肌身離さず身につけているペンダントを強く握りしめた。
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