006 タピオカの呪い、俺は女の子を愛でた
「抱くって……え……?」
「あたし、まだ酔ってるし……抱くまでならオッケーかも」
「抱く」の意味が理解出来ない程、俺は流石にバカじゃない。だけど、童貞とはそう言う生き物なのだ。勇気が絶望的に不足しているし、女性経験が乏しいが故に、女性の発言や行動の真意を正しく汲み取れている自信無くて不安になる。
だがここで、怯まず先に進まなければ、童貞に
「せっかくこんなに可愛い女の子が勇気振り絞って言ってるんだぞぉ……ほら、早く……」
「お、おう……」
俺は、恐る恐る左手をさくもの方へ伸ばす。毛布の中で俺の手は確実に震えていた。僅かな距離を1分ぐらいかけ、さくもの二の腕と思われるものに辿り着いた。
柔らかい ——
そして、想像よりも、1、2度は温かい気がする。
頭の中がとろけてしまいそうだ。変な気を起こさないように別のことを考えよう。そうだ、素数を数えればいい。俺は、数字が苦手だ。
2……3……5……6……7……11……12……
「ねえ、なんで腕に手を置いてるだけなの? まさかアンタ、二の腕フェチ?」
「ち、違うわ……」
生まれ変わるチャンスは今だ。
俺は、意を決して左手でさくもを包んだ。
「ん……」
おい、変な声出すなよ……。
よく考えれば、
俺の手は、自然とさくものお腹を優しく撫で回していた。
服の上からではあるが、指先の感触でおへその位置も分かってしまう。これが、女性の体なのか。男の体とは、触り心地が明らかに違う。
「襲おうとは……思わないの?」
小さな声でさくもが尋ねてくる。
「いや、襲ったりはしないよ」
結局俺は、童貞だった。
「りんごって、純粋ね……。会ったばっかりなのに、あたし、何でこんなに信用しているのかしら。不思議……」
さくもは、俺の左手を両手で優しく包み込んだ。
「おやすみ、りんご」
「ありがとう……おやすみ……」
自分でも、俺の口から出てきた「ありがとう」の意味が分からなかった。
◆◇◆
翌朝 ——
頭が痛い。二日酔いだ。良い気分ではないが、カーテンの隙間からは日差しが差し込んで来ている。天気は晴れ。
あれ?
隣にさくもがいない。慌ててベッドから飛び起きた。しかし……。
「どうしたんだよォ、りんごぉ!? 朝から一緒に一杯どうや!?」
なんとさくもは、床に転がり、朝っぱらから一人でストゼロを飲んでいた。もう、完全に理性がアルコールに支配されている。
「やっぱり朝はストゼロに限るぜ! やっほい!」
昨晩の、女性のさくもの姿は消えていた。
俺は、いつも枕元に置いてあるたばこを一本取り出し、ベランダへと向かう。さくもが朝一で酒を飲むように、俺は、朝起きたら先ずたばこを吸うのがルーティンだ。
カーテンを、開ける。
「え……?」
俺は、思わずたばこを口から落とした。
窓に、黒い何かで六芒星が描かれていたのだ。気持ちの悪い悪戯だ。しかもよく見れば、黒い何かはタピオカだった。
恐怖で後ずさる。
しかも、それだけでは恐怖は終わらない。目の前の道路の電柱の陰から、顔を半分だけ覗かせた充子がニヤニヤ笑いながらこちらを見ていた。
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