003 童貞と道程、俺は童貞

 両親が死んでる……?


 悪気は当然無かったが、不味いことを聞いてしまったかもしれない。コイツが一人ぼっちになった過去は、きっと複雑なんだ。


 俺も一人暮らしを余儀なくされている。そこに関しては、一応俺だって同じ境遇だ。


 だが、俺と比べれば事情が違う。


 俺は、頭が悪過ぎたが故に両親に見捨てられた。それで、自らの力で生きるしかない状況に立たされたのだ。


 でもさくもは、失いたくて失った家族じゃない。


「あたしが小学生の頃……お母さんが、ベニテングタケを食べたんだ。そしたら、錯乱状態になってそのまま死んじゃったの。そして去年、お父さんが自分で釣ったソウシハギを食べてそのまま逝っちゃった……」


 さくもの偏食の秘密が何となく分かった気がする。そして、死因が予想を遥かに上回ったせいで、余計に反応に困った。


「だ、だからさ……今日だけでもりんごの家に行ってもいい? じゃ、邪魔……かな?」


 ちょっとさくもがモジモジしている。声のボリュームもこれまでで一番低かった。


「うーん、俺も一人暮らしだしさ……別にいいんだけど……。でも、付き合ってもいない男女が同じ屋根の下で過ごすのは如何いかがなものかと? 今日知り合ったばっかりなんだぜ?」


「ふーん、りんごも意外に気にするんだ」


 俺は、何を隠そう童貞だ。


 アレは、小学校の国語の授業での出来事だ。


『僕の前に道はない

 僕の後ろに道は出来る』


 俺は、幼いながらもこの詩に感銘を受けた。しかし一方で、男子の一部がクスクス笑っていた。なぜ可笑しいのか、全く見当がつかない。


 なんだか取り残された気分だったので、俺は、前の席に座っている藍染あいぜんくんに尋ねた。


「ねぇ……。なんでみんな笑ってるんだよ?」


「随分と未熟だな。ドーテーを知らない? つまり君は、ドーテーなのか?」


「だから道程の何が面白いんだよ!?」


「帰ってパソコンで調べるがいい……。この世の真理に一歩近づけるだろう」


 俺は、あの日を境に性に目覚めた。


 そして、童貞卒業は間も無くかもしれないと思い続け、彼此10年以上が経ち今に至る。


 そんな過去を思い出しながら、家に到着。本当に、さくもが我が家にやって来た。


 幼馴染の充子を除けば、初めて女子が家に遊びにやって来る。充子は、付き合いが長いせいか、俺の中ではあまり異性として意識出来ない。それに、最後に二人きりで遊んだのだって小学生の頃だった。


「お腹空いた。コーンスネーク食べよう」


 さくもは、ペットショップで買ったばかりの新鮮なコーンスネークを台所に置く。


「ちょ、ちょっと待て! コーンスネーク食べるのは止めよう! 俺、料理作るからさ! 可愛そうだ!」


「りんごって、料理できるの?」


「ああ。それなりには自信あるかも」


 一人暮らしの中で、せめて何かを極めようと思った結果、料理に目覚めた。その辺のベテラン主婦も顔負けな料理だって作れるさ。


「そのコーンスネークは、この家で飼おう。だから食べないで……!」


「そう? じゃあ、りんごの料理が私の胃袋を掴んだら爬虫類食は封印する。このコーンスネークも食べない」


「ありがとう……。頑張って料理するから、適当に部屋でくつろいでくれ」


 部屋は多少散らかっているが、我慢してもらおう。野宿よりはマシな筈だ。俺は、エロ本など使わずスマホに全て封印してあるから、見つかってはいけない物も存在しない。


「りんご、何かお酒ある?」


「酒? 今、ちょうど切らしているな」


「じゃあ買って来る。ストゼロ飲まないと、あたし、生きている感じがしないから。ちょっくら買い物に出るね」


 さくもは、ボロい財布をバッグから取り出し、そそくさと部屋から出て行った。彼女は、マイペースな性格みたいだし、特別気を遣う必要は無いだろう。


 今日は……自慢のオムライスでも振舞ってやるか。


 取り敢えず、冷蔵庫から野菜と鶏肉を引っ張り出し、仕込みをさっさと始めるとする。玉ねぎはみじん切り、人参も細かく切って、鶏肉はちょっと気持ち大き目に切る。


 油をひいたフライパンを熱し、鶏肉、野菜の順でサッと火を通す。玉ねぎの甘い匂いが好きだ。一旦炒めたらバットに取り出し、続いてはケチャップライスを作る。ご飯が余っていたし、オムライスが最適なのだ。


 フライパンに再び油をひいて火を点け、ケチャップをそこに絞り出す。こうする事で酸味は飛ぶ。プチプチ弾ける音がしたら、ご飯と、さっき炒めた奴らをぶち込む。豪快に混ぜ合わせ、塩胡椒で味をきめたら完成だ。


 さくもが帰って来たら、ふわふわオムレツを作って乗せる。


 さくもの帰りを待つだけとなり、読みかけの少年ジャンプを手にした時だった。部屋のインターフォンが鳴る。


「あ? もう買って来たのか?」


 俺は、何の警戒もせずにドアを開けた。勝手に入って来ても良かったのに……。


「え!?」


 驚いた。立っていたのは、幼馴染の充子だった。


「りんごくん、嫌だよ! ねぇ、嫌だよ! 寂しいよ! あの女の人、誰なの!? なんで一緒にいるの!?」


 もし運命の歯車とやらが存在するなら、この時既に動き始めていただろう。ギシギシと歪な音をたて……。

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