第27話クルシュ姫

 家出したボクは都市国家ダラクで、憧れの冒険者のなることが出来た。

 今のところ冒険者生活は順調。


 ダラク城の警備の仕事で、城の中を巡回していた。


 ◇


 そんな中、クルシュ姫の護衛らしき女騎士に、襲撃を受けてしまう。


「ちっ、賊のくせに鋭い奴め! 我が主クルシュ様には、指一本も触れさせんぞ!」


 早く誤解を解かないと。

 でも、どうやって⁉

 相手は話を聞いてくれない雰囲気。


「怪しい賊め、成敗してやる! はぁああ!」


 また女騎士は攻撃をしかけてきた。

 鋭い剣で斬り込んでくる。


「うっと!」


 何とか回避。

 よし、弁明しないと。


「えーと、誤解です。ボクは冒険者ギルドからきた、ハリトと申します」


「ちっ⁉ またかわされただと⁉ しかも冒険者ギルドから来たなど、怪しい奴め! はぁああ!」


 ダメだ。

 話しが通じていない。


 バラストさんが言っていた通り、この王宮の騎士には連絡が来てないのだろう。

 賊だと思って、ボクに連撃を喰らわせてくる。


「うぉっと⁉」


 何とか回避して、一回後方に下がる。


 さて、どうしたモノか。

 どうやって無実なことを証明しよう。


 クルシュ姫さんには危害を与えるつもりはないことを、この人に証明したい。


 ん?

 何か、相手の状況がおかしいぞ。


「キ、キサマ⁉ まさか姫を人質に捕るつもりで、そこに回避したのか⁉」


「えっ……? あっ⁉」


 ボクが回避した先に、ちょうどクルシュ姫がいた。

 女騎士から見たら、ボクはお姫さんを盾にして格好になったのだ。


「くっ……こうなった私の命を賭けてでも、姫様をお救いする! はぁあああ……」


 女騎士が何かの剣技を、繰り出そうとしている。

 かなり危険そうな技だ。


 何とか止めないと。

 でもどうやって。


 ――――そんな時だった。


 ボクの前に、背中を向けて立ちはだかる少女がいた。


「イリーナ! お止めなさい! この方は賊などではありません!」


 クルシュ姫だった。

 ボクのことをかばってくれたのだ。


 イリーナと呼ばれた女騎士は、突然のことに固まる。


「えっ……姫様? その者を、ご存知なのですか?」


「ええ、この方は《自由冒険者》ハリト様……私を毒から救っていただいた、命の恩人です!」


「な、なんと……その者が……くっ、失礼いたしました」


 イリーナさんは剣を収めて、片膝を付いてきた。

 何とか誤解が解けたのだ。


 ふう……良かった。

 無益な争いが収まってくれた。


 これでも勇気を出して、前に出てくれたクルシュ姫のお蔭だ。

 ありがとうございます。


「ふっ……ふう……」


 だがクルシュ姫は、その場に座り込みそうになる。


「だ、大丈夫⁉」


 慌てて抱きかかえて、彼女を助ける。

 うっ……凄く軽い。


 異常なまでに体重が、軽すぎる。

 支えて思わず驚いてしまう。


「キサマ! 姫様に軽々しく触るな!」


 もの凄い形相で、イリーナさんが駆けてきた。

 また剣を抜こうとしている。


「だ、大丈夫です、イリーナ。少し眩暈めまいがしただけです」


 クルシュ姫は何とか自分の力で立つ。

 そしてボクに向かって、礼のポーズをしてくる。


「見苦しいとことをお見せしました、ハリト様。改めまして先日は、誠にありがとうございました」


「そ、そんなにかしこまらないでください、お姫様! ボクは当たり前のことをしたまでなので!」


 いきなり身分の高い人に、謝れてしまった。

 どぎまぎしてしまう。


「いえ、何度お礼を言っても、足りません。何かわたくしにできるお礼があったら、何でも仰ってください」


「えーと、それじゃ、もう少し柔らかい感じで、話をして貰えると助かるかな? ボク敬語が苦手なので。あと『ハリト様』も何か恥ずかしいかな?」


「分かりました。これで大丈夫ですか、ハリト様」


 クルシュ姫は簡単な口調になる。


 でも『様付け』は止めない。

 恥ずかしいけど、慣れていくしかない。


「えーと、クルシュ姫様は、あの後の体調は大丈夫ですか?」


「クルシュと呼び捨て下さい、ハリト様。あと私にも敬語も不要です」


「それじゃ、クルシュ。体調は大丈夫?」


「はい、お蔭さま。この通り元気です」


 クルシュは軽く動いて、見せてくれる。

 けっこう軽い身のこなしだ。

 ちょっとビックリした。


「ひ、姫様⁉ あまり激しく動かれては⁉」


 女騎士イリーナさんも心配している。


 でもこの感じだとクルシュは元々、身体を動かのす好きそうだ。


「もしかしてクルシュは、身体を動かすのは好きなの?」


「はい、幼い時は、よく木登りや、川下りをして遊んでいました、この庭園で」


「えっ⁉ それは凄いね」


 先ほどの貧血のイメージと違う。

 思わず声に出して驚いてしまう。


「ですが、ここ数年は……」


 クルシュの顔が急に暗くなる。

 自分の全身ある呪印を、静かに見つめていた。


「もしかして、それが原因で、運動が?」


「はい、ハリト様。実は、このダラク王家の秘術で、私は……」

「姫様! そのことを、このような部外者には、いけません!」


 クルシュの言葉を、イリーナさんが血相を変えて止めに入る。

 秘術ということもあり、他言はしてはならないのであろう。


「大丈夫です、イリーナ。ハリト様はわたくしの命を救ってくれた方。それにバラスト団長をはじめ、城の危機も救ってくれた方です。下がりなさい」


「は、はい。かしこまりました」


 イリーナさんはしぶしぶ口を閉じる。

 でもボクのことを静かに睨んできた。


 ちょっと怖い。


「失礼しました、ハリト様。詳しくは話せませんが、この王家の秘術の影響で、わたくしの健康は少し悪くなりました。ですが、これもダラク王家で“召喚の巫女”の才を受け継いだ者の、運命なのです」


“召喚の巫女”という新しい単語が出てきた。


 でもどこかで聞いたことがあるような気がする。

 どこで聞いたのかな?

 お爺ちゃんの昔話で、どこか聞いたような。


 そんな中でも、クルシュの話は続いていく。


「ですからわたくしは身体が阻害されても、後悔はありません。このダラクの国のため……ゆくゆくは大陸を守るための宿命なのです」


 クルシュは真っ直ぐな目をしていた。

 眼下に広がるダラクの街を、静かに見つめている。


 その横顔は夕日を浴びて、眩しく光っていた。

 きっと街の民のために、彼女は自分の運命を受け入れているのだ。


「そっか……強いだんね、クルシュは。ボクと違って……」


「えっ、ハリト様が⁉ あんな強大な聖魔法の使い手なのにですか?」


「実はボクは実家から家出してきた、弱虫なんだ。家の色んなことから逃げてきたんだ」


「そうだったんですか……」


「だからダラクの街では頑張りたいんだ! 困っている人を助けて、一人前の冒険者になりたいんだ! そしていつか胸を張って、家族にも報告したいんだ!」


 家出したことに後悔はない。

 でも今なら家族のことも少しは理解できる。

 だからダラクでは逃げ出したくないのだ。


「そうだったんですね。ハリト様なら必ず叶います、その夢は!」


「あっはっはは……ありがとう。ちなみにクルシュは夢とないの?」


わたくしは……一度でいいので、あのダラクの街を歩いてみたいです。あと、街の外の景色も見てみたいです」


「ん? もしかしてクルシュは、街に行ったことがないの?」


「はい。恥ずかしながら、この城の敷地から今まで、一歩も出たことがありません」


「えー、一歩も⁉」


 まさかのことに思わず声を出してしまう。

 普通のお姫様でも、外出くらいはするはずなのに。


「もしかして、その王家の秘術があるから?」


「はい……この秘術を受けた者は、城の敷地の外に出られないのです、永遠に……」


 説明してクルシュは顔を曇らせる。

 でもすぐに笑顔に戻る。


「あっ、すみませんでした。こんな辛気臭い話をして……」


「姫様、そろそろ部屋に戻る時間です」


 そんな時、時間を告げる鐘がなる。

 女騎士イリーナさんが静かに告げてきた。


「ええ、そうね、イリーナ。それではハリト様、今日はありがとうございました。話しが出来て本当に楽しかったです。またよかったら、私と話しをしてくれませんか?」


「えっ? ボク? うん、こんな自分で良かったら、いつでも!」


「本当ですか! それでは明日も同じ時間に、ここで待っております!」


 クルシュは挨拶をして、屋敷の方に身体を向ける。

 身体が衰弱してきた彼女は、あまり外の風には当たれないのであろう。


 ボクは黙って見送ることしか出来ない。


「クルシュ……姫か」


 そして心の中には、何とも言えないもやが残ってしまった感じだ。

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